斜め上の雲 19

凶弾




 朴正煕は中央情報部(KCIA)部長である金戴圭によって射殺された。
 七九年十月二十六日夜のことである。

 この夜、青瓦台近くの安全家屋で、朴大統領は、金部長と大統領警護室長の車智遏秘書室長の金桂元と酒宴をひらいていた。ほかには宴席のホステスをつとめた歌手の沈守峰と女子大生でモデルだった申才順がいた。
 ふだんは酒席では政治のはなしをしなかったがこの日はちがった。時局への対応について金部長と車室長が口論となったのである。
 当時労働争議が激化し、学生による反政府デモも頻発しており、それらに対して強硬姿勢をとることを主張していた車室長と穏健路線を主張する金部長は大統領の前でも口論をしていた。大統領は車室長の強硬姿勢を評価していたが、宥めにかかるのがつねであった。
 だがこの日、朴は車室長の論をおおいにほめ、反政府学生らが釜山の米国文化館を占拠した事件について金部長の責任を追求した。車もそれに和して批判を加えてきた。酒のせいもあってかれらの口吻はとげとげしく、金桂元はなんどか話題をかえようとしたがむだであった。

 金戴圭は、窮した。
 狐は強い狐に追いつめられると、自分の脚を噛みちぎったりして自傷行為をするそうだが、金の場合もそれに似ていた。
 いったん席を辞した金部長は、離れた本館にある執務室にゆきワルサーPPKを懐に入れてもどってくると、廊下に腹心の朴興柱秘書官と朴善浩儀典課長をよび、
「きみたちは部屋の前に控えろ。もし銃声がしたらそれは車警護室長の謀反である。警護員たちも一味だ。ただちにかれらを殺せ」
 と命じた。その面相が尋常ではなかったため二人は翻意するよう説得したが、不可であることを知るとうなずくしかなかった。

 金が宴席にもどると、朴らは沈守峰のギターにあわせて歌をうたっていた。金はしばらく飲食していたが、
「殺す」
 しぼり出すように日本語で低くつぶやくと、右隣に座っている金桂元秘書室長の肩を叩いてそっとささやいた。
「兄さん、閣下によくお仕えしてください」
 金戴圭は士官学校時代から金桂元に兄事していた。金秘書室長がふりむいたとき、かれはすでに拳銃をぬいていた。
「閣下!こんな虫けらのようながきと政治ができますかァッ」
 とさけんで左前方に座っていた車警護室長に発砲した。弾はとっさにかばって出した右手首を貫通し、車はまろぶようにして逃げだした。ふらふらと立ちあがった金はそれを追おうとした。

「なにをやっておるか」
 朴は背筋を伸ばしてあぐらをかいたまま雷のような声で叱責した。金は文字どおり雷鳴にうたれたかのようにからだをふるわせると、一瞬ためらったのち大統領を撃った。
「野獣の心で維新の心臓を撃った」
 と、のちに金はいったが、本当のところはどうであったのだろう。つづいて二発めを撃とうとしたが弾が出ない。金は部屋の外へ走りでた。
 そのとき照明が消えた。ボイラー室係員が銃声を電源ショートの音とかんちがいして安全家屋の主電源をきったのである。
「電気をつけろ」
 金桂元秘書室長はそうさけびながら部屋の外へ出た。

「閣下、だいじょうぶですか」
 トイレに逃げこもうとしていた車警護室長がうめくようにいった。
 朴は、さわぐこともなく静かにいった。
「おれは、だいじょうぶだ」
 肺に血のはいる音がした。朴は、両隣に座っていた沈守峰と申才順に抱きかかえられるようにささえられていたが、申が朴の背中に手をまわすと赤い血がべったりとついた。金の放った銃弾は朴の胸を貫通していたのである。
「閣下」
 こんどは沈がいった。
「おれは、だいじょうぶ……」
 朴の言葉は、そこでとぎれた。
 申は朴の最期をよく覚えており、のちにこうかたっている。
「大統領は逃げもせず、哀願もせず、運命を受け入れたようにおもえました。そして淡々とあの言葉をいったのです。おまえたちは逃げろ、という意味だったようにおもえました」

 消えていた照明がついたとき金戴圭が戻ってきた。その手には、指示どおり警護員たちを射殺しおえていた腹心の朴善浩からもらったS&W三八口径のリボルバーがにぎられていた。
 金は部屋の片隅で本棚を倒してそのかげにうずくまっていた車警護室長に近づいた。車は飛びかかろうとしたところを撃たれた。これがとどめとなった。
 毒を食らわば皿まで、という。金はわずか五〇センチの至近距離から大統領の頭部に発砲し、その生死を確認することなくふたたび部屋を出ようとした。

 そこにちょうど金秘書室長がもどってきた。
「なんということを」
 しでかしてくれたのだ、といおうとして金秘書室長は口をつぐんだ。うかつに刺戟すればじぶんも撃たれる。
「兄さん、すべておわりました。あとはたのみます」
「わ、わかった」
 この場を収拾するためにはうなずくしかない。それに金秘書室長ははやく殺人者の視界からのがれたかった。
 かれの返答をきくと、金戴圭は上着も着ず裸足のままで安全家屋を飛び出した。

 金部長が去った宴席には一人の死者と三人の生者、そしてまもなく死者の列に加わろうとする男がひとり、残された。
 生者の一人である金桂元秘書室長は、死亡した車室長のまぶたに手をかけ瞑目させると、朴ににじり寄り抱き起こそうとした。まだ息はある。
 金秘書室長は、朴を首都陸軍病院の大統領専用病室に搬送させた。
(まだ助かる可能性がある)
 かれは事件をふせぐことができなかったという自責の念にかられていた。だが、病院へむかう車中、かれのひざまくらの上で朴の心臓は停止した。享年六十二歳であった。

 奇しくも七十年前のこの日は、明治維新と朝鮮半島に大きくかかわったひとりの日本人がテロリストによって射殺された日でもあった。

 朴正煕暗殺は突発的なできごとであり、とうてい綿密に計画されたものではなかった。その点、朴がひそかにみずからをなぞらえていたかのようにおもえる大久保利通の死より、織田信長もしくは足利義教の死にやや近いであるといえよう。金戴圭は明智光秀や赤松満祐のように、おのれの前途ともに、朴をもくだいたのである。

 安全家屋を飛び出した金戴圭中央情報部部長は、指示どおり大統領警護処長、副処長と三人の警護員を射殺していた腹心の二人と合流し、隣接する洋館に入った。
 金は、そこで食事をとっていた鄭昇和陸軍参謀総長と金正燮中央情報部第二次長補に、
「大統領に変事がおきた」
 といい、鄭総長をうながしてともに陸軍本部の地下防空壕にむかった。鄭総長は、国防部長官、海軍参謀総長ら軍首脳を防空壕に招集した。

 一方、金桂元秘書室長は、首都陸軍病院の大統領専用病室で朴の死を確認すると、青瓦台にもどって崔圭夏総理など閣僚に至急集合するよう連絡した。閣僚を前にして金室長は、
「大統領に変事がおきました。閣議をひらかなくてはなりません」
 といい、鄭らのいる陸軍防空壕へ閣僚を案内した。
 合流したかれらはいったん首都病院にゆき、大統領の死亡と遺体を確認したのち、防空壕でひらかれた閣議で戒厳令の施行を決定し、憲法の規定によって崔総理が大統領代行に就任した。

 この時点では大統領の死亡だけが確認されており、金部長が暗殺犯人であることを知るのは金秘書室長と、かれに事情をおしえられた崔総理だけである。
 金秘書室長は、当日、鄭総長が金部長の招待をうけていたことを知っていた。金部長が大統領との宴席にいったため、鄭は安全家屋に隣接した建物で金正燮中央情報部第二次長補と先に食事をはじめていたのである。また、鄭が金部長にうながされて軍首脳を招集したのも気になる。
 そればかりか、この場にはその金部長がなにくわぬ顔でおり、ずっとかれを監視している。そのふところには大統領を撃った拳銃がある。
(中央情報部と軍部が組んだ暗殺だったのではないか)
 金秘書室長はそう疑い、真実をいわず様子をうかがうことにした。

 だが、軍首脳は本当に事情を知らないようであった。事前に共謀していればもっと手ぎわよく処理をすすめるはずだし、まず生き証人である金秘書室長をほっておくことはない。
 意を決した金秘書室長は、金部長が席を外したわずかなすきをとらえて鄭総長と国防部長官を別室に連れ出し、真実を耳打ちした。鄭は即座に兵力集結を命令し、保安司令官全斗煥少将と憲兵監に金戴圭の逮捕を指示した。

 全は明け方に金戴圭の逮捕に成功し、間髪をいれずに中央情報部を急襲、制圧して武装解除させた。大統領暗殺は中央情報部によるクーデター計画の一環ではないかという疑いがいぜんとして存在していたからである。
 鄭司令官の指示を受けた全斗煥保安司令官のうごきは速かった。かれは陸軍病院からの秘密連絡で大統領の死亡を知り、すでに保安司令部に指揮本部を設けてさらなる変事にそなえていたのである。へたをすればかれこそが暗殺の首謀者であると疑われるほど機敏なうごきであった。
 また、かれが合同捜査本部長に就任してすべての情報をにぎって捜査活動を掌握したことにより、壊滅状態となった中央情報部にかわって保安司令部が権力の中枢をになう勢力として浮上してきた。


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ベッキー:レベッカ宮本「韓国史の一つのターニングポイントである朴正煕の暗殺だ」

美浜ちよ「『斜め上の雲』の執筆に取りかかったころは、朴暗殺の描写についてさらっと書いて流すつもりでしたが、ちょうど趙甲済の『朴正煕、最後の一日』の翻訳版が出たので、それに多くを拠って書き直しました」

芹沢茜「この安全家屋ってのは、前々回も出てきた安心して宴会ができる隠れ家だったな」

よみ:水原暦「当然、韓国の家屋や料亭と同じく靴を脱いであがるようになっていて、しかも宴会場は掘りごたつになっていたそうだったが」

ベッキー:レベッカ宮本「なお、金戴圭の心理描写については『この国のかたち 74 室町の世』の、足利義教を暗殺した赤松満祐の心理描写からいただいている」


 満祐は、窮した。
 狐は強い狐に追いつめられると、自分の脚を噛みちぎったりして自傷行為をするそうだが、満祐の場合もそれに似ていた。さきに自邸に放火したのも自傷だったが、こんども似たようなことを考えた。 該当箇所


 人々がさわぎたてるうちに侍臣たちが気づいたときには、義教が殺されていた。
 満祐は、おのれの前途ともに、義教をもくだいたのである。 該当箇所

『この国のかたち』四 司馬遼太郎 文春文庫


桃瀬くるみ「金戴圭が日本語で言ったというのはほんとなの?」

美浜ちよ「金桂元へのインタビューによると、金戴圭は重要な発言などを強調するさい、日本語で言うくせがあったそうですよ」

よみ:水原暦「文章内で太字やゴチック体を使って強調するようなものなのかな?」

ベッキー:レベッカ宮本「朴正煕に対して2発目を撃てなかった原因については、何かの拍子で安全装置が下りてしまったのに無理やり撃鉄を起こそうとして、銃の故障と思いこんだ、という説が有力だな」

美浜ちよ「あれ?金桂元へのインタビューによると、自分が銃身を叩いて薬莢をつまらせたか安全装置を下ろしたと言っていますが」

ベッキー:レベッカ宮本「ああ、それについては、対面に座っていた申才順は否定しているんだ。
 また、趙甲済は『朴正煕、最後の一日』の中で、実際に射撃場でワルサーPPKを使って実験した結果、この銃は衝撃などで安全装置が下りやすいという欠点があり、それが原因と結論付けている。よって、作者はこっちを採用したんだ」

美浜ちよ「そうなんですか。金戴圭は車室長が銃を持っていると思い込んでいたので、反撃をおそれていったん部屋から逃げて銃を取りに行ったそうです」

ベッキー:レベッカ宮本「申才順の述懐については『朴正煕、最後の一日』が元ネタだ」


 1979年10月26日。「朴正熙の最後の一日」は、朴正熙元大統領が部下の金載圭・中央情報部長によって射殺された「最後の1日」の真実を追った。趙さんには、朴大統領の長編自伝「我が墓にツバを吐け」(全8巻)があり、その中から「10・26」部分のみを再構成して出版したものだ。とても迫力がある。

 「私は10・26事件の現場にいた主要人物の、ほとんど全員に会った。もちろん、そこには、最後の晩餐(ばんさん)の場にいた3人の生存者も含まれる。金桂元(当時、大統領秘書室長)、沈守峰(女性歌手)、そして申才順(女子大生)=写真2。この中で申さんの証言がもっとも正確だった」

 事件を取材しつつ、趙さんがもっとも関心を持っていたのは、朴大統領が胸に貫通弾を受けながらも、果たして「俺は大丈夫だ(ナヌン・クェンチャナ)」と言ったのか、ということだった。この大統領の一言は、韓国現代史では伝説的な「最後の一言」になっている。趙さんは、現在、米ロサンゼルスに住む申さんの証言を通じて、その言葉が真実だったことを確認した(取材は1997年)。

 「解脱した様子で、運命を受け入れた朴正熙。銃声と喚声、悲鳴が交錯する修羅場で中で、逃げもせず、伏せもせず、哀願することもなく、淡々と『俺は大丈夫だ』という言葉を残した」

 「申さんは、大胆な性格に加え、記憶力と表現力がすばらしい。朴正熙の最後の目撃者として、神が彼女を選択したという気になるほどだ」

 朴大統領の国葬では、R・シュトラウスの交響詩「ツァアトゥストラはかく語りき」が演奏されたという。今回、趙さんの記述で初めて知った。「解脱した超人」。ファクトを次々と発掘してくるのが、趙さんの作品の魅力だ。

ソウル発!! 人&風(サラム&パラム) 第2回 解放60年、北朝鮮解放の年


よみ:水原暦「落ち着いたというか諦観したというか、立派に見えますね」

ベッキー:レベッカ宮本「記憶の美化が入っている可能性もあるし、ある程度は割り引いてみたほうがいいかもしれないんだが、作者はこれを読んで織田信長の『是非におよばず』を想起したらしい」

芹沢茜「んで、七十年前のこの日にテロリストに殺された日本人って誰だ?」

桃瀬くるみ「そんなの、伊藤博文公に決まってるじゃない」

芹沢茜「マジ?!」

美浜ちよ「はい、本当ですよ。京大附属図書館の資料 をあげておきます」

よみ:水原暦「どうしてウィキじゃないんだ?」

ベッキー:レベッカ宮本「ウィキは便利だが、イデオロギーや歴史解釈に関係ある項目の場合、編集合戦でグデグデになっていたり、偏った考え方の管理者が半保護をかけているようにしかみえないことが多いんで、作者は良くも悪くも便利な雑記帳みたいなものだと考えていて、できるだけ使用をひかえて、あくまでも参考程度にとどめたいそうだ」

芹沢茜「1841年10月16日(天保十二年九月二日)生まれで、1909年10月26日(明治四十二年十月二十六日)歿、ほんとだ」

桃瀬くるみ「日本の近代化につくした伊藤と韓国の近代化につくした朴とが、同じ日にテロリストに殺されるなんて、ほんと不幸の半島よね」

ベッキー:レベッカ宮本「実は、伊藤と彼を暗殺した安重根は誕生日が一緒なんだが、そういう補足トリビアは置いといて、朴が自分を大久保になぞらえたというのは、あくまでも作者のの考えだ。根拠となる記述やソースはないぞ」

美浜ちよ「また、その死が織田信長もしくは足利義教の死に似ているというのも作者の独創です。たぶん」

よみ:水原暦「ところで、暗殺の動機って何なんですか?」

ベッキー:レベッカ宮本「作者が調べたところでは、五つの説があるようだ」

1.偶発説:普段から対立していた車智遒紡个垢覬綺─K僂房言佞気譴謄レた。朴射殺は騎虎の勢いの偶発的犯行
2.ストレス説:肝硬変(肝臓癌?)悪化によるストレスのため犯行に走った。余命2、3年であると診断されていたという話がある。
3.精神疾患説;怒ると暴力を振るうことがあったという証言あり。
4.政治テロ説:民主主義回復のための行動であった。裁判中に金戴圭本人が主張。
5.陰謀説:CIAが黒幕。当時米韓関係は悪化していた。金戴圭はアメリカからの評価も高く、事件直前には米駐韓大使やCIAソウル支局長と密談していたという。

よみ:水原暦「偶発的、政治的、陰謀論とそろっていますね。なんだか本能寺の変みたいですね」

芹沢茜「どれが正解なんだ?」

美浜ちよ「現在のところは1の偶発的犯行説で確定しているようです」

桃瀬くるみ「やつらのことよ。どーせ火病に決まってるって♪」

芹沢茜「お前、ほんっとにやなキャラになったな……」

桃瀬くるみ「生き残るためよ。存在ごと消されるのはまっぴらごめんなのよ!」

ベッキー:レベッカ宮本「たしかに、原作じゃ消去同然の時期もあったし、アニメじゃ最初から地味設定で、ずっと酷い扱いをされていたからなぁ。原作者氷川へきるの予定では、もっと機能するキャラのつもりだったのが予想外の転落をとげて地味キャラになってしまったというそうだし(公式ガイドブックによる)。
 で、作者も結局は大筋で1説が正しいだろうと結論して、採用することにした」

よみ:水原暦「他の説を採用しなかった理由は何です?」

ベッキー:レベッカ宮本「まず、2のストレス説だが、金戴圭が肝臓の病気を患っていたのは事実なんだが、それほどの重態だったという診察書は発見されてないため、証明ができないんだ。犯行に直接結びつくものかどうかはともかく、病状が重かったという可能性じたいはあるという程度かな」

芹沢茜「重病を苦にして自暴自棄ってのはありえないことじゃないだろうけど、他人を巻き込むかぁ?」

桃瀬くるみ「半島のニュースを見てみなさいよ。『腹立ちまぎれに』放火・暴行って記事がたくさん出てくるわよ。しかもまったく関係のない他者を巻き込んだやつが。
 それに韓国の諺にもあるでしょ、『姑への腹立ち紛れに犬の腹をける:自分の怒りを全く関係のないほかに移す意』『営門で頬を打たれ、家に帰って女房を殴る:怒りを関係のない所へ移し、腹いせする例え』って」

美浜ちよ「捜査や公判準備中には、精神・身体状況について調査もするでしょうから、診断書も見つかるでしょうし、診断も行なっているはずですが、ストレス原因説を強固に指示するだけのものはないようです」

ベッキー:レベッカ宮本「次は3だが、金戴圭と親しかった金桂元が否定している。もし精神疾患で不安定だったなら、金桂元と2人の女性もその場で撃たれていた可能性もあるしな。不安定であったのは事実としても、それだけを理由とするのはしんどいと思うぞ。
 もっとも、最初に持っていたワルサーPPKは故障したし、朴正煕と車智徹を撃った後のS&Wリボルバーには残弾がなかったから、結果的に撃つことは無理だったろうが」

桃瀬くるみ「ちっ!火病じゃないのか」

ベッキー:レベッカ宮本「くるみ、いい加減にしろ!と言いたいが、完全に否定もしきれないんだ。あまりにも突発的な犯行に見えるしな。
 作者は、2・3は事実であったとしても、結局は1にいたる副要因だったと考えている。まぁ、なんにしても犯行が発作的過ぎるような印象があるんだ。前もって拳銃を用意し、部下と打ち合わせをしながら、暗殺後の行動については無計画同然。こんな例に見覚えはないか?ヒントは本文だ。解答は次回でな」

美浜ちよ「では、最後は軽い話題でしめたいと思います。
 金桂元へのインタビューによると、朴正煕・金桂元・金戴圭は、ふだん酒の場では政治の話はしなかったそうです。酒が回ってくると、朴が金桂元を「都承旨(承政院の長。正三位)」、金戴圭を「捕盗大将」とよんでふざけ、いっぺんその官服を着て飲むか?と冗談を言ったこともあるそうです」

芹沢茜「70年代にコスプレかぁ。なかなかやるじゃないか」


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