斜め上の雲 20

全斗煥




 全斗煥の率いる保安司令部が金戴圭を取り調べた結果、暗殺は偶発的なものであるという結論がえられたため、全は十一月六日、大統領暗殺事件の全貌についてテレビで直接公表した。
 十日、大統領代行の崔圭夏は憲法にもとづいて大統領選挙を実施すると発表し、十二月六日に投票を実施した。崔は当選し正式に大統領に就任した。
 それから一週間とたっていない十二日の夜、鄭昇和陸軍参謀総長兼戒厳司令官ら二十数人が合同捜査本部員によって逮捕された。指令をくだしたのは全斗煥である。

 すでにふれたように、暗殺当夜、鄭は金戴圭中央情報部長の招待を受けて安全家屋の別棟で食事をとり、さらには陸軍本部までかれと同行している。通謀していたのではないか、というのが逮捕理由であった。金としたしかった金桂元秘書室長も逮捕された。このとき逮捕された二十数人の多くは軍首脳である。
 だが、暗殺じたいは偶発的なものであると判明している。共謀という理由は口実にすぎず、全が軍の主導権を握るために上層部の排除をねらって起こした粛軍クーデターであったといううたがいも濃い。
 しかし、事件後の処理や対応について、崔総理や金秘書室長、鄭総長らのうごきには疑惑をまねくものがあったのも事実である。

 鄭は、捜査活動のなかで全の政治的影響力が増大してゆくことをきらい、かれを東海警備司令官に左遷する意志をかためていた。
 それが全の耳にはいった。
(やらねば、やられる)
 全は、そうおもった。鄭はウリヽヽを排除して事件捜査を早期終結させることでおのれの疑惑を隠蔽する気ではないか。

 十二月十二日夜、全は盧泰愚少将ひきいる第九師団第九十連隊と空挺部隊の六千人を動員して国防部と首都警備司令部を制圧し、鄭を逮捕してから逮捕命令の決裁を大統領につきつけた。
「その命令には国防部長官の副署がない。決裁はできない」
 そうつっぱねる崔大統領の前に、盧戴鉉国防部長官が保安司令部員によって連行されてきた。大統領はついに観念して決裁をした。
 全は、盧泰愚少将を首都警備司令官、鄭鎬溶少将を特戦団司令官に任命するなど軍の要職を盟友でかためた。この時点で崔は新軍部の実力者となった全斗煥が大統領となるまでのつなぎヽヽヽとしての存在価値しかない傀儡となった。
 これ以降の展開は、かつて朴正煕が起こしたクーデター後の展開のほぼ引き写しであるといっていい。じっさい、全は保安司令部のスタッフに朴正煕のクーデターを研究するよう命じている。

 なお、逮捕された鄭は、八〇年三月、内乱幇助罪で懲役七年の判決を受けたが即座に刑の執行を停止され翌年三月に赦免復権した。金桂元は死刑宣告後、無期懲役に減刑され八二年に刑執行停止、八八年に赦免復権した。
 金戴圭は、八〇年五月二十四日に絞首刑が執行された。腹心の朴善浩も絞首刑、朴興柱は銃殺刑となり、ほかにも中央情報部食堂警備員二人と運転士が絞首刑となった。

 韓国軍の指揮権は、朝鮮戦争中に李承晩と米軍のあいだにむすばれた大田協定によって米軍にゆだねられていた。
 だが、大統領警護などを理由として一部兵力の指揮権返還に成功した朴正煕大統領は、米軍の干渉を受けない首都警備司令部の兵力を特戦団として改編してクーデター予防鎮圧の任務を負わせた。そのなかでも空輸特戦団は機動性にとんだ精鋭であった。
 全斗煥は准将時代、第一空輸特戦団の副団長、旅団長を五年つとめ特戦司令部に人脈をきずいていた。そのため、粛軍クーデター時には空輸特戦団が全に加担して国防部と首都警備司令部の制圧の先鋒となった。
 また、全斗煥は、盧泰愚ら陸士十一期生を中心とした将校と親睦団体「一心会ハナフェ」を結成しており、朴正煕はその会員に軍刀や揮毫などを下賜して激励していた。朴の親衛隊であったといっていいだろう。会員は首都警備司令部や特戦司令部、大統領警護室や西部戦線の各師団などの要職を仲間同士で独占した。
 粛軍クーデター時には、空輸特戦団と盧泰愚少将の第九師団第九十連隊が主力としてうごいただけでなく、特戦団と首都警備司令部内の実戦兵力を掌握しているハナフェ会員の将校たちが、鄭総長派だった特戦団司令官と首都警備司令官に非協力の態度をとったため、かれらはなにも手を打つことができないまま身柄を確保された。

 全斗煥は、翌八〇年四月に中央情報部長代理を兼任して国政の実権を確実に掌握し、一方では、中将、大将と昇進をかさね肩書きに箔をつけることも忘れなかった。なにやら支那の王朝の簒奪者のようでもある。
 八〇年五月には、戒厳令施行に反対してデモをおこした市民を鎮圧した光州事件があり騒然としたなか、崔大統領を議長として主要閣僚と軍首脳など二十六人の委員による国家保衛非常対策委員会が設立され、国会を解散して三権を掌握した。もっとも、崔はただの飾りにすぎず実権は常任委員長の全斗煥にあった。
 国保委は自宅軟禁を解かれていた金大中を再逮捕し、権力を利用して不正蓄財をおこなったとして金鐘泌元総理、李厚洛元中央情報部長らの財産を没収した。また、おおくの公務員、教授、国営企業幹部らを不正腐敗の罪状で追放した。

 有名無実の崔圭夏大統領は八月十六日に辞任し、これをうけて軍を退役した全は、二十七日統一主体国民会議によって大統領に選出された。全は朴正煕暗殺事件を奇貨として権力獲得のために利用しきったといっていい。
 全は朴時代末期から極度に悪化していたアメリカとの関係改善をめざした。八一年、カーターにかわって大統領に就任したレーガンの就任直後に渡米して首脳会談をおこない、在韓米軍の増強、韓国軍近代化支援計画を共同発表した。また、F16十六機の購入にも合意した。
 これにより、アメリカ製兵器の購入促進と核兵器開発計画の完全放棄が決定され自主国防は立ち消えになった。錫元がその不可能を説いた報告書を提出していたせいでもあった。


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ベッキー「さて、最初に前回出した質問の答えは何だ?」

芹沢「暗殺の実行自体はきちんと計画、暗殺後の行動については無計画同然、こんな例があるか?ってやつだな」

くるみ「ヒントは本文って言ってたわよね」

ベッキー「そうだ。本文に出てくる人物だ」

よみ「明智光秀、赤松満祐ですか」

ちよ「つまり答えは、本能寺の変と嘉吉の変ということになりますね」

ベッキー「そうだ。両者とも、暗殺の実行自体についてはきっちりと手段を考え実行しているが、その後のビジョンは全くない。何かを行なうために殺したのではなく、まさに殺したいために殺したと言っていいだろう。その点は金戴圭も同様だ」

くるみ「じゃぁさぁ、明智光秀がウリミンジョクだったら、本能寺の変は火病が原因っていう新説ができるんじゃない?」

芹沢「な、なんだそりゃ?いくらなんでも無理だろ」

ベッキー「毒舌はともかく、変な電波まではいらんぞ。技術的には、明智光秀=土岐源氏(清和源氏)、天皇は百済(新羅でも高句麗でも可)人だから天皇の子孫である源氏の明智はウリミンジョク、と結びつける手かな。ま、光秀はともかく織田信長ウリミンジョク説ならあるぞ」


【凍亜日報】<オリンピック日本代表は韓民族?>
DECEMBER 25, 4338 04:48

 来年2月におこなわれる2006冬季オリンピックトリノ大会に、フィギュアスケートの日本代表として出場する織田信成(おだ・のぶなり、18)は、戦国時代の武将織田信長の末裔であることは知られているが、実は韓民族の血を引いていることが明らかになった。

 韓日の歴史の謎に果敢に切り込む研究で知られる于錫起(ウ・ソッキ)檀君大名誉教授にインタビューした。

――織田信長は尾張国(現愛知県)の出身だと聞いているが。

「織田信長の先祖は越前国(現福井県)の下級役人であり、その遠祖は新羅からの渡来人であった。これは彼の苗字が証明している。
『織田』という苗字は、韓国語の『オダ(来る)』という言葉に由来するものだ。
織田氏が崇敬していた『織田剣神社(おだつるぎじんじゃ)』は、同神社に伝わる古文書を独創的に分析した結果、先に移住していた新羅人たちが、織田氏を迎えたとき「来る!わが民族の服装だ(オダ、トゥルマギ)」と喜んだことが語源であり、それが苗字となったことが判明した」

――では、織田信長自身に韓民族的な要素は見受けられるのか。

「当然だ。長島・越前一向一揆の平定や比叡山焼き討ちは、惰弱な日本人には実行不可能な壮挙であり、佐久間信盛、林秀貞ら家臣の突然の追放、侍女の手打ちなどは、韓民族らしい高い法意識と規律のある厳しさだ。浅井父子・朝倉義景の髑髏に金箔をおして飾ったのは、新羅文化に残っていた古代東北アジアシャーマニズムであり、自分の霊力・カリスマを向上させる呪術だ。
また、黒母衣衆・赤母衣衆の選抜は、新羅の『花郎』制度そのものだし、『安土』の命名は、高句麗の好太王の別名『広開土王』に対抗したと考えられる。倭を破り国土を広く開いた好太王に対し、信長は倭を統一し国土を安んじた、という自負のあらわれだ」

――これからも研究を続けるのか。

「織田信長について言えば、長篠の三段撃ちが鉄砲の集団運用であるのは虚構だとか、鉄甲船が世界初の装甲船だというのは誤った認識である、とされてきた。
しかし、信長が新羅人であれば、三段撃ちはサルハの戦いでの朝鮮軍の戦法、鉄甲船は亀甲船の源流であると考えることが可能だ。今後はそのあたりを検証したい。
韓民族が日本に与えた多大な影響を証明することで、極右歪曲史観に染まりつつある日本歴史学界の蒙を啓き、歪曲された日本の歴史認識をただしたい」

 教授はこの研究の成果をまとめて来月の「朝煽幻代」で発表する予定。

韓世実(ハン・セシル)記者 ture@donya.com

ネタ元


よみ「な、何ですか?この電波は」

ベッキー「タネを明かせば、作者がつくってヤフー掲示板で発表したネタだよ。記者名を見ればわかるが、じつはこのネタのときに初めて韓世実ハン・セシルというキャラ名を使用したんだ。織田信成がトリノ代表になれば盛大に発表するつもりだったのだが、選ばれなかったので泣く泣く放出同然に発表したものだ」

くるみ「ご丁寧に日付が檀君歴になっているし」

ちよ「作者がこの手のネタをつくるときは、必ず日付は檀君歴、実在しない新聞名、ネタにしか聞こえない記者名、小ネタをいれたURLでつくります。ヒントを残しておかないと単なるウソになりますので。
 かなり脱線しましたが、朴正煕暗殺は火病とまで言えるかどうかはともかく、発作的衝動的な犯行だったというのが作者の考えです」

ベッキー「で、4の政治テロ説は、裁判の過程で金戴圭が言い出したようだな。金桂元は、死刑が逃れられないことを知って、格好をつけるために「後付け」で言い出しただけであり、朴政権に反対していた言論人たちの、独裁者を倒したのは正義の革命闘士であってほしいという「願望」でもあったとして否定している」

くるみ窃盗や略奪しかしてなくても『光復軍』ニダと言い出したり、ただの日本人の薬売屋を殺しておいて『閔妃殺害に関与した軍人を成敗ニダ』とか言うのと同じね」

芹沢「な、なんか微妙にまちがってるっぽいけど、すっげーわかりやすいたとえだな」

ベッキー「最後の5は、よくある陰謀論だ。日本でもこういうのを専門に電波を発信するやつは後を絶たん」

よみ「フリーメーソンがどうとか、ユダヤがどうとかいう連中ですか。太田龍とか佐治芳彦とか広瀬隆とか」

ベッキー「そうだ。太田や佐治は古代史の分野にも踏み込んで電波を発信している。
 この陰謀論は下火だったのだが、98年にあの大小説家金辰明が小説『韓半島』で取り上げたらしい。それから再び力を持つようになったそうだが」

くるみ「あの『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』『皇太子妃拉致事件』のおっさんね!」

芹沢「この『韓半島』って最近映画化されたやつだろ?」

ちよ「調べたのですが、小説のほうは朴正煕暗殺事件が主題ですが、映画のほうは日本の脅迫を退けるために行方不明の国璽を探す話ですから、どうやら別物のようです」

よみ「でも、当時米韓関係が極端に悪化していたのは事実でしょ?CIAがまったく関与していなかったとは言えないんじゃないかな?」

ベッキー「一国の元首を暗殺すれば空白ができる。もし、CIAがかんでいたなら、すみやかに親米権力が樹立されるよう事前に後継者を品定めして計画を練っているはずだ。当時の韓国の場合、権力の空白という事態に北がつけこんで侵攻してくる可能性は皆無ではなかったわけだしな。しかし、さっきも少し言ったが、暗殺後が無計画すぎるうえに、事態の推移が不透明なんだ。
 ひとつ訊くが、この事件で一番利益を得たのはいったい誰だ?」

芹沢「そりゃ、大統領代行になった崔圭夏総理じゃねーの?」

よみ「いや、権力の中枢に浮上してきた全斗煥だろ」

くるみ「やっぱ、核開発やら自主国防に着手していた反抗的な朴正煕が消えてくれたアメリカじゃないの?」

ベッキー「その答えは後に回すが、少なくとも暗殺犯の金戴圭自身は利益を得ていない。これは金がただの道具であったか、突発的に凶行に及んだかのどちらかを指すものだ。
 さて、朴正煕暗殺後の展開だ。暗殺後40日程度しか経っていないところで、いきなり全斗煥のクーデターが起こった」

よみ「理由は何なんです?」

ベッキー「全斗煥の動きについて『韓国大統領列伝』(池東旭)では、共謀容疑はクーデターの口実であったとしているんだが、『朴正煕、最後の一日』(趙甲済)では、崔総理らの行動に疑惑を抱いてクーデターに踏み切ったように書いていたんだ。作者は、どっちもおもしろいなぁと思って両方を活かせるようにしようとしてごまかしているわけだ」

芹沢「ったく、筆者の力量のなさが如実に出ているな」

ちよ「どちらの理由であったにしろ、全斗煥は事態を最大限に利用しきって、権力者への道を開いたわけです。
 作者は朴正煕暗殺事件を本能寺の変にたとえていますが、全はまさに羽柴秀吉の役目を果たしたといえるでしょう。崔総理や鄭総長は柴田勝家・滝川一益、金秘書室長は織田信澄ってとこ(犯人と親しいから)で、盧泰愚は蜂須賀正勝か羽柴秀長あたりでしょうか」

くるみ「ってことは、結果的に暗殺によって最大の利益を得たのは全斗煥じゃない。これって
ベッキーが出した質問のこたえになるわよね」

ベッキー「そうだな。たしかに結果から見れば一番得をしたのは全斗煥だな」

芹沢「ってことは、朴暗殺が突発的犯行ではなくCIAあたりの陰謀である場合、全斗煥が黒幕だってことになるのか?」

ちよ「そ、それはちょっと無理があります。全斗煥は軍部の実力者の一人でしたが、並みいる上層部を全て排除してのし上がれる保証はなかったわけですから。いくらなんでも冒険すぎますよ」

ベッキー「この79年末という時期は、東側に対して宥和政策をとるカーター政権の下でCIAも弱体化していたし、さらにはイランのパーレビ政権が倒れ、ソ連のアフガン侵攻があるなど大変な時期だったんだ。親米政権の樹立は欲していただろうが、術策を弄することができる状況だったとは思えん」

よみ「せいぜい、アメリカはクーデターと全斗煥政権の樹立を黙認するくらいしかできなかったってことですね」

ベッキー「作者はそう考えている。全てが終わった後から、全斗煥を主人公としてストーリーを組み立てりゃ、最大の受益者であった全斗煥が計画を企てて、アメリカと組んで朴暗殺をしたということを主張できんこともなかろうが、彼の足どりと結果には偶然的要素が多いんだ。クーデターにしろ、光州事件にしろ、レーガンの大統領就任によるアメリカの対韓政策の転換にしろ、全て計算されていたものじゃないだろ。
 だいたい、作者は、偶然を一切認めない陰謀史観ってやつには不信感しか持ってないからな。全ては必然なんてのはオハナシの中だけのもんだ」

くるみ「陰謀史観ってのは、なんでもかんでも日帝のせいにするって実例があるから、どうにか理解できるけど、偶然を認めないってのはどういうこと?」

ベッキー「どんな些細な事象も何者かが仕組んだものだとして他の事象と結びつけて解釈することだ。キムチが単に売り切れただけなのを日本が企んだ嫌がらせだってしたのが好例かな」

よみ「あ、ああー。1994年、広島でのアジア競技大会での話ですね」

芹沢「要するに被害妄想と劣等感の裏返しである優越意識、さらには空想力のくっついた電波ってことだな」

ちよ「た、端的に言えばそうなります。あとは87年の大韓航空機爆破事件を韓国の自作自演、謀略だと主張した北朝鮮や日本の進歩的文化人もそうですね」

ベッキー「ま、そういうわけで、朴正煕暗殺は何者かの陰謀が働いたものではなく、突発的な犯行だと作者は結論づけた。以上だ」

よみ「05年には、この事件を題材にした映画が出て、名誉毀損だとかどうとか盛り上がったそうですね」

朝鮮日報 検索結果

http://search.jp.chosun.com/?s=ALL&q=%E6%9C%B4%E6%AD%A3%E7%85%95&t=tc&i=&p=4

http://search.jp.chosun.com/?s=ALL&q=%E6%9C%B4%E6%AD%A3%E7%85%95&t=tc&i=&p=3


ちよ「作者は、朴正煕暗殺のくだりについては何回も書き直したそうですね」

ベッキー「そのようだな。最初は、犯人の金戴圭部長が鄭総長とともに防空壕に行った後どうしていたのかがわからず書けなかったそうだ。いくつか文献を見て、金戴圭がそのまま緊急閣議の場にいて、犯行の目撃者である金秘書室長を監視していた、という記述を発見して、ようやく整合性が取れそうな展開を組み立てられるめどがついたので、なんとか書けたようだ。
 作者にとっては、暗殺直後の人々の行動がかなりおもしろかったらしい」

ちよ「その後に来る全斗煥の政権樹立の過程については、あんまりおもしろくなかったそうですね」

よみ「ま、正直な話、朴正煕のクーデター・大統領就任をなぞったようなもんだしなぁ。新鮮味がないし」

くるみ「つまり、全は朴をパクったのね」

ベッキー「その言い方はどうかと思うが、まぁ自覚してなぞったのは事実だからなぁ。作者は、ここを書く前に流れをまとめたとき、思わず『曹操と司馬一族かよ』と呟いたそうだ」

芹沢「どーゆーこと?」

ベッキー「政権禅譲のステップとして、お手盛りで中将、大将と昇進するあたりが、お手盛りで公位、王位と位を進めさせ、九錫を賜ったり佩剣のまま皇帝の前に出てもよいという特典を徐々に加えながら皇帝の地位に近づいていくという点に似ているなぁってわけだ」

よみ「そういえば、光州事件についてはやらないんですか?」

ちよ「本文でも全然ふれていませんでしたね」

ベッキー「ま、陰惨な事件ではあるからな。物語の流れ上もあまりふれる意味がないと見たらしいが、ただ、一点だけ言うことがあるらしい」

芹沢「?」

ベッキー「この事件では、韓国軍によって市民側に多くの死傷者を出したことは事実なんだが、最終段階では、市民側が軍や警察の武器庫から奪った武器を使ったという武装闘争でもあったんだ」

くるみ「そりゃ、抵抗しようと思えばそうなるわよね」

ベッキー「だけどな、2000年の光州事件20周年記念式典で、金大中大統領が演説の中で『徹底した非暴力の精神であった』と言っているんだ」

よみ くるみ 芹沢(゜Д゜)ハァ?


美化される光州事件 '00・5・20

 朴正煕大統領暗殺事件(一九七九年十月二十六日)後の政治的混迷の中で起きた一九八〇年五月十八日の光州事件から今年は満二十年で、地元では盛大な記念行事が行なわれた。事件は軍部主導の政治や地元出身の金大中氏の逮捕などに反発した学生、市民などの大規模な反政府デモを政府軍が武力鎮圧したもので、約二百人の死者と数千人の負傷者が出た。
 犠牲者が多かったのはデモに対する軍の過剰規制も原因だが、デモ側が軍や警察の武器庫から大量の武器を奪って武装し、最後は「市民軍」と称して政府軍と対峙したことが大きい。したがって事件は「反政府民主化武装闘争」というのが客観的な表現だろう。
 金大中大統領は光州市での記念式に出席し二十年前の出来事を自由、民主、人権のための偉大な運動だったと大いにたたえる演説を行なったが、その中であの運動は「徹底した非暴力の精神」だったと強調している。
 光州事件について金泳三前政権から反軍部の野党政治家の政権が登場したため評価が革命的に逆転した。政府軍が犯罪者になり当時の軍を主導した全斗煥、盧泰愚元大統領は投獄された。韓国人が好む「歴史の清算」だがその結果、事実そのものより美化が進む。
 二十周年ということで今年は「光州を世界の人権の聖地に」とか「光州精神の継承」がマスコミで強調された。ところが不思議にも、最も身近な「北朝鮮の人権問題」を指摘する声は依然、皆無なのだ。

『韓国は変わったか? ソウル便り10年の記録』黒田勝弘 徳間文庫


ちよ「ガンジーの精神を受け継いだつもりで言ったのかもしれませんが、歪曲美化しすぎです」

くるみ「どうせ、北の工作員が紛れ込んで煽動していたんじゃないの?」

芹沢「おいおい、それは疑いすぎだろ」

ベッキー「いや、その可能性はまったくないわけでもないぞ。北は工作員のオルグ活動などを通じて韓国の『民主化』運動とやらには結構肩入れしているんだ。最近じゃこんなこともあったしたな」


マッカーサー銅像撤去運動、主導したのはスパイ容疑者

スパイ容疑で服役した後、保安観察処分を受けた在野団体の幹部が警察に緊急逮捕された。

 警察庁保安局は28日、祖国統一汎民族連合(汎民連)の姜舜蓮淵ン・スンジョン)前副議長(76)をスパイ容疑で緊急逮捕し、取り調べを行っている。姜舜詫撞深圓蓮2005年にマッカーサー銅像撤去運動を主導した「わが民族連邦制統一推進会議(連邦統推)」の共同議長をも務めた人物だ。

 公安当局の関係者は「姜舜詫撞深圓亘鳴鮮の指令を受け、複数回にわたって国家機密を北朝鮮に流した容疑を持たれている」と緊急逮捕理由を説明した。現在、姜舜詫撞深圓蓮崚一連帯」「平和と統一を開く人々」「連邦統推」など、五つの在野団体の顧問として活動している。

 姜舜詫撞深圓蓮1994年に汎民連南側本部代表団の金日成(キム・イルソン)弔問企画事件に関与して逮捕され、96年にスパイ容疑で4年6カ月の実刑判決を受けた。その後、98年に光復節(日本支配から解放された日)特赦で出所、保安観察処分を受けていたが、2年に一度行われる検察への出頭要求を拒否し続けていた。警察庁保安局は、国家情報院や検察とは別途に姜舜詫撞深圓離好僖さ刃任鯒聴し、数カ月間の追跡の末、具体的な物証を確保したという。

 警察は姜舜詫撞深圓紡个掘∈F明日中にスパイ容疑で逮捕状を請求する方針だ。警察によれば、国家保安法の「目的遂行」(第4条)の容疑を適用する方針だという。国家保安法の目的遂行には「反国家団体の指令を受けた者が軍事上の機密や国家機密を流した場合、処罰する」という内容が含まれている。

 ところで、姜舜詫撞深圓活動していた汎民連とは、親北的な傾向を持ち、最近では平沢市大秋里への米軍基地移転反対闘争や、韓米FTA阻止汎国民運動本部(汎国本)の暴力デモなどに介入した団体だ。今年6月にも、「6・15民族統一大祝典」に出席した北朝鮮の参加者に「忠誠の誓い」を収めたフロッピーディスクを渡した容疑などで、汎民連ソウル市連合副議長のウ某容疑者(77)がソウル中央地検公安1部に逮捕、起訴されている。

 なお現在、国家情報院・検察・警察などの公安機関は、在野団体など、各界の人物らが関与したスパイ事件について、同時多発的に捜査を進めている。国家情報院は一心会事件や民主労働党員の北朝鮮への無断渡航事件などを送検し、検察も光州・大田・蔚山・仁川地検などで独自に捜査を進めている。

2006年11月29日付 朝鮮日報



くるみ「この時代にフロッピーだって♪あはははは♪」

よみ「突っ込むところが違うだろ」

ちよ「これによれば、北の指令を受けて、反米活動には陰に陽に手を出しているようですね」

ベッキー「話を戻すと、作者は、どうやら彼らは自分の願望のためには、事実を美化もしくは矮小化する――具体的な数値をあげれば671倍くらいかな――ことに長けておるようだと、あらためて思ったんだとさ」


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