斜め上の雲 26

慰安婦と鉄杭




 九三年夏、従軍慰安婦問題がおおきくなっているころである。
(なんとしても、日本に罪をみとめさせるべきだ)
 と考えた世実は、ひそかに与党議員を訪問し、密談した。
 世実はいった。
「私が得ている情報から判断するに、日本は慰安婦強制連行の文献証拠を発見できていません」
 ――ところでウリナラは。
 と、世実はいう。これに対しすくなくとも強制連行を認めさせねばなりません。
「勝算は如何いかん
 と、議員。
「たとえ文献的証拠がなくとも、当事者の証言でじゅうぶんです。むろん、日本は慰安婦女性への聞き取り調査をするにちがいないです。そうなればこちらも証言者の慰安婦女性を増派してゆきましょう」
「要するにまず認めさせることだな」
「そうです、最低限の目標です」
「しかし、河野は認めるまい。軍の関与をうらづけるものがない」
「そこを、ごまかすのです」
 と、世実はいった。
「河野に対してはかたちだけでも強制性を認めてくれ、世論が納得しないから、といっておきます。これならば河野もおれるでしょう」
「それで?」
「かたちだけでも認めてしまえば、既成事実として承認されます。あとはそれをはたじるしにあげていつでもつかえます」
 世実がみるように、河野洋平はこの慰安婦問題が燃えさかることをおそれ続けた。というより、この問題からのがれるためならたいていのことは受けいれようと考えていたふしがある。

 朴正煕も全斗煥もあれほどおそれ、その暴発をふせごうとしてきた独善的な歴史解釈を、文民政権が火をつけ、しかも手ぎわよく国民感情の一体化に成功してしまったところに韓国人のふしぎさがある。ちなみに現実をみないかぎり韓国人は上のようでありつづけた。とくに盧武鉉政権期に入り、この歴史解釈の独走によって世界の常識とウリナラの常識の乖離がすすんだことをおもえば、この毒物のおそるべき薬効と毒性がわかるであろう。
 ともかく金泳三大統領は、従軍慰安婦問題についてのあらゆる材料を検討した結果、
「情緒にうったえるかたちをとれば成算あり」
 という結論をえた。
 論理にうったえれば、不利になる。第一に慰安婦の証言の矛盾が露呈し、さらには日本世論の硬化をまねくにちがいなかった。そのことについては、韓国は期せずして朝日新聞と十分に気脈を通じていた。論理を無視して情緒にうったえる工作は朝日が担当し、しおをみてさっさと謝罪賠償の実施をさせるようにもってゆくしごとは韓国が担当する。従軍慰安婦問題は、この二者がやったといっていいであろう。
 朝日は、神速に動いた。
 吉田清治の証言の虚偽がばれたのにも口をぬぐって、民間業者が慰安婦を募集するさいに違法な手段をとることを取りしまるよう軍、警察に通達された文書をもって、
「強制連行に軍が関与した」
 という論をおおいに喧伝した。
 朝日は元来それが生地であったが、韓国の後援をえていよいよ傲慢な論陣をはった。「朝日新聞は火のないところに放火するようなことをする」と日本世論の一部は朝日をきらった。
 韓国は、支持率の低迷する宮沢政権の弱腰につけ入ってついには九三年八月に「河野談話」を発表させ、九五年には村山政権に民間基金「女性のためのアジア平和国民基金」を創設させた。
「これで問題は終息するだろう」
 と、日本のほとんどの学者がそう予想した。

 ところが、事態ははるか斜め上をゆくことになった。
 基金創設による個人補償に対して、慰安婦補償運動団体が賛成派と反対派に分裂し内ゲバがくりかえされたのである。ついでながらふれると、毎週水曜日に日本大使館前でデモをおこなうのは後者である。
 また、これ以降も従軍慰安婦問題は、あいかわらず歴史認識問題のひとつとしてとりあげられることがつづいた。
 状況はなにもかわらなかったどころか、日本政府が関与を認めたという発表だけがのこった。すべて河野洋平内閣官房長官が目先の糊塗策にはしったせいといっていい。日本の一部言論は、かれを、
「売国奴」
 とまでののしった。しかしこれは適切な表現とはいえない。かれはたんに、
「江の傭兵」
 であったからである。意識的かどうかはさておき、日韓にくさびを打ちこみ日韓米の結束をかき乱すという江沢民の戦略思想にもとづいた任務に忠実だったにすぎないともいえるであろう。

 日本に対する反感の噴出は従軍慰安婦問題にとどまらなかった。
 九五年は、日帝から解放された光復五十周年にあたり、金泳三大統領の主導で多くの行事がもよおされた。それらのおおくは、朝鮮民族の心性というものを考えるうえで興味ぶかいものであった。

 金泳三大統領は、
「歴史を立てなおす」
 と号して多くの事業を実行したが、そのなかでは朝鮮総督府の撤去、景福宮の復元がよく知られている。
 また、鉄杭除去もやや有名になった。これは、日帝が朝鮮民族の精気を抹殺するため、鉄杭を打って地脈を絶ったという風水思想にもとづくはなしであり、金泳三政権の国政資料集によれば、民族の被害意識を完全に清算するためその鉄杭を除去したとある。
 韓国はこれを政府事業として計画し、九五年二月に閣議決定した。内務部の所管でおこなわれた調査には軍隊まで動員され、地雷探知機を使用して鉄杭をさがした。
 その結果、全国で三〇センチ程度のイヌクギのようなものから一五〇センチまでさまざまな鉄杭が百十八本発見され除去された。マスコミや宗教団体などがこの運動と報道に熱中した。

 だが、すべては壮大な喜劇であった。
 発見された鉄杭の多くは、方位表示や測量に関しての三角点設置用に打ちこまれたものか、あるいは峻険な岩場の手すり用にすぎなかったのである。
 総合雑誌「月刊朝鮮」は、「金泳三政府は“風水政権”か?」と題した特集でこれを調査した結果、鉄杭による民族精気抹殺はなんら確証のない説であると結論し、
「キリスト教長老の金泳三大統領が率いる文民政府は『鉄杭』という亡霊にとりつかれ、二十一世紀を目の前にして韓国を迷信と過去にしばりつけている」
 と皮肉った。また、測量用に杭を打つのを目撃したという日本人測量班に同行した古老の証言なども出てきた。
 つまりは、鉄杭を打って精気を抹殺するというはなしは一種の伝説であり、風水師や地官とよばれる占い師たちの語るいいつたえでしかなかったのである。
 考えてもみれば、明治維新以来、ふるいものを迷信として容赦会釈なしに切り捨てることで近代化をはじめた日本が、風水思想というものを重視するであろうか。それに、がんらい日本に風水思想は縁が深くはない。信じてもいない思想によって行動するものであろうか。
 どうやらこの民族は、じぶんたちの願望を手前勝手に他者にあてはめるのを当然のことだとおもっているのではないか。

 しかし、それ以上に興味ぶかいのは、それらの反論をきいた韓国人たちの反応であった。かれらにとっては、鉄杭であれなんであれ日帝がからめばそれが蛮行だというのである。
 そのなかでも、慎埠シン・ヨンハソウル大教授の発言がふるっている。
「日帝は風水思想を信じていなかったが、韓国人に挫折感を植えつけるためにそれを利用して鉄杭を打ったのだ」
 このようなすりかえとこじつけこそが朝鮮式弁論術の真骨頂であろう。

 鉄杭のはなしを続けたい。

 鉄杭伝説は風水思想による解釈にもとづいていたことはさきにのべたが、どうやら朝鮮においてはこの種の伝説は根深いものであるらしい。
 風水思想では地下に気の流れる地脈というものがあり、これを断つことでその土地の運気を悪くして英傑が出現しないようにすることができるという。
 地脈はまた「龍脈」ともいい、風水研究家として知られる崔昌祚元ソウル大教授によれば、ソウルの日本大使館も、北岳の精気をうばい気の流れを遮断する位置にあるという。
 となると、大使館をその位置に建設するよう決定、許可した韓国政府も責められなくてはならないはずであるが、そのような話は聞いたことがない。

 もっとも、地脈を断とうとしたのは日帝だけではなかったという。
 文禄慶長の役で、明軍をひきいて来援した李如松将軍が、朝鮮に文学のさかんなことをにくんで衰退させるために鉄杭を打ったというはなしもあるのである。
 しかし、たかだか九センチ、いや三〇センチ程度のイヌクギ一本で絶たれるという「民族精気」とはいったいどういうものなのだろうか。反日とあればそういった伝説まで信じこんですがりつくという心情は、この民族の精神に暗い影をおとしているようにもおもえる。
 いずれにせよ、鉄杭は被害者意識にいろどられ広く信じられた伝説であった。

 余談ではあるが、除去された鉄杭は、国立民俗博物館や独立記念館に「日帝の蛮行」の証拠として展示された。
 だが、数年後には展示からはずされた。どのような理由によるものなのか興味はつきない。


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ベッキー:レベッカ宮本「今回最初の題材は『従軍慰安婦』騒動だ」

じじぃ「元ネタは2巻「日清戦争」、開戦直前、川上操六参謀次長が陸奥宗光外相と密談して手はずを打ち合わせる場面じゃ。実をいうと『斜め上の雲』の本文で一番先に着想、完成させていたのがこのくだりだということじゃ。「そこをごまかすのだ」という川上の台詞から思いついたそうじゃの。以下原文じゃ」

 この六月二日の閣議のあと、川上操六はひそかに陸奥をその官邸に訪問し、密談した。
 川上はいった。
「私が得ている情報から判断するに、清国はすでに韓国に五千の兵を駐在させている」
 ――ところで日本は。
 と、川上はいう。これに対しすくなくとも七、八千の兵は動員せねばならぬ。
「勝算は如何いかん
 と、陸奥。
「たとえ京城ソウル付近で衝突するも、撃破することは易々いいたるものである。むろん、清国はわが出兵をきいていそぎ増派するにちがいない。李鴻章はその直属軍四万のうち三万を韓国に派遣するにちがいないが、そうなればわが軍もそれにつれて増派してゆく」
「要するに初動の兵数は七、八千だな」
「左様、最低の人数である」
「しかし、伊藤首相はゆるすまい。かれはあたまからの平和主義者である」
「そこを、ごまかすのだ」
 と、川上操六はいった。
「首相に対しては一個旅団をうごかす、といっておく。一個旅団の兵数は二千である。これならば首相もゆるす」
「それで?」
「二千は平時の人数である。しかし旅団が戦時編制をすれば七、八千になる。首相はそこまで気づかぬはずだ」

該当箇所  

 首相の伊藤博文も陸軍大臣の大山巌もあれほどおそれ、その勃発をふせごうとしてきた日清戦争を、参謀本部の川上操六が火をつけ、しかも手ぎわよく勝ってしまったところに明治憲法のふしぎさがある。ちなみにこの憲法がつづいたかぎり日本人は右のようでありつづけた。とくに昭和期に入り、この参謀本部の独走によって明治憲法国家がほろんだことをおもえば、この憲法上の「統帥権」という毒物のおそるべき薬効と毒性がわかるであろう。
 とにかく参謀次長川上操六は、清国についてのあらゆる材料を検討した結果、
「短期決戦のかたちをとれば成算あり」
 という結論をえた。
 長期にながびけば、不利になる。第一に日本の財政が破綻し、さらには国際関係の点でもロシアと英国が清国側につくにちがいなかった。そのことについては、川上は外相陸奥宗光と内々で十分なうちあわせをとげていた。短期に大勝をおさめるしごとは川上が担当し、しおをみてさっさと講和へもってゆくしごとは陸奥が担当する。この戦争は、このふたりがやったといっていいであろう。
 兵は、神速にうごいた。

(中略)

 大鳥は元来それが生地であったが、一個旅団の後援をえていよいよ韓国に対し強引な外交をやった。「日本の大使は銃剣の威をかりて強盗のようなことを」と京城の列強外交団はことごとく大鳥をきらい、この悪評が東京にまできこえた。
 大鳥は、韓国朝廷の臆病につけ入ってついにはその最高顧問格になり、自分の事務所を宮殿にもちこんだ。

該当箇所  


よみ:水原暦「前回少し触れてましたけど、吉田清治って何者ですか?」

ベッキー:レベッカ宮本「大東亜戦争中、軍の命令を受けて済州島で朝鮮女性を従軍慰安婦として「強制連行」したと、著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」で書いた人だ」

美浜ちよ「この本自体は1983年の刊行ですが、91年に朝日新聞が大々的に取りあげてキャンペーンを張ったんです。この一連の報道のなかで「女子挺身隊」の名目で戦場に連行され慰安婦として扱われた、という韓国人女性金学順の訴えを報道したのです」

芹沢茜「女子挺身隊?何だそりゃ」

ベッキー:レベッカ宮本「昭和18年(1943)9月に創設された14歳以上25歳未満の女性で構成される勤労奉仕団体(「国又ハ都庁府県ニ於ケル労務調整令第八条ノ二ニ依リ雇入、使用等ヲ禁止又ハ制限セラルル職種又ハ業種ニ従事スル男子ノ雇入及使用ニ関スル件」に所収の『女子勤労動員ノ促進ニ関スル件(アジ歴 レファレンスコードA06050929800)』)だ。工場など現場への女子勤労動員をするものだが、昭和19年(1944)8月23日公布の勅令五百十九号『女子挺身勤労令』(アジ歴レファレンスコードA03022306600)によって法的根拠が与えられた。
 ようは、戦時下において女性も労働力にしようとしたわけだ」

桃瀬くるみ「じゃぁ慰安婦とやらとは関係ないじゃん。あっちは商売だし」

ベッキー:レベッカ宮本「さんざん論証されているが、この金学順は韓国紙との記者会見で、14歳のときに、母によって妓生キーセン検番(置屋)に売られ、17歳のとき、そこの義父、つまりは店主に連れて行かれたのが華北の駐屯地のある場所だったといっている」

よみ:水原暦「日本でもよくあったようなただの身売りじゃないですか」

ベッキー:レベッカ宮本「そうだ。しかも彼女が17歳だった昭和14年(1939)には「女子挺身隊」は存在していない」

芹沢茜「むちゃくちゃだな。記憶の混乱ではすまない錯誤だぜ」

美浜ちよ「吉田清治の済州島での『人狩り』は、済州新聞の許栄善記者や済州島の郷土史家金奉玉の検証、さらには秦郁彦日大教授の現地調査によって虚偽であることが証明されました」

よみ:水原暦「ってことは、そのウソを信じて報道した朝日はどうするんです?」

桃瀬くるみ「んふっふっふふ〜♪ヒント『1982年の教科書検定誤報』『KY』」

芹沢茜「まさか、華麗にスルー?」

桃瀬くるみ「当然じゃない☆あいつらがまともに自分の誤りを謝罪したことなんかあったかしら」

ベッキー:レベッカ宮本「そういうことだ。謝罪と反省を他者にのみ求めてしまうというのは、人間誰しも陥りがちなものだと言えるんだが、朝日は特にひどいところがある。
 で、その朝日が特筆大書した『軍の強制連行関与の証拠』だが、本文でもやったように単に悪徳業者の取締通達だったわけだ。ぶっちゃけた話、慰安婦の強制連行とやらに軍が関与した証拠は見つかっていない」

よみ:水原暦「でも結局、宮沢内閣はこれを受け入れて河野官房長官の談話発表、となるんですね」

桃瀬くるみ「あのバカのせいでずっと祟られるわね!」

美浜ちよ「で、でも最近少しいい流れができたようですよ」

【主張】河野談話 再調査と見直しが必要だ

 慰安婦問題に関する河野洋平官房長官談話(平成5年)の見直しに言及した下村博文官房副長官の発言が波紋を広げている。野党は「閣内不一致」として追及する構えだが、問題視される発言とは思われない。

 この発言は、下村氏が都内の講演で行ったものだ。個人的見解としたうえで、河野談話について「もう少し事実関係をよく研究し、時間をかけ客観的に科学的な知識を収集して考えるべきだ」と述べた。政治家として当然の発言である。安倍晋三首相も「私も官房副長官時代に議員の資格でいろんな意見を言った」と問題視していない。

 野党は、下村発言が安倍首相の国会答弁と食い違っているとしている。確かに、首相は参院本会議や衆院予算委員会で、内閣として河野談話を受け継ぐことを重ねて表明している。

 しかし、衆院予算委で首相は以前の自分の考えについて、こうも言っている。「当時の官房副長官の話を聞いた結果、当初、報道されていた内容と違うと疑問を持った」「当時、『狭義の強制性』が果たしてあったかの確証については、いろんな疑問点があると申し上げた。その後、『広義の強制性』に議論が変わっていった」

 河野談話が抱える問題点の核心をついた答弁である。当時の官房副長官は石原信雄氏で、「狭義の強制性」は軍や官憲による強制連行のことだ。

 河野談話はいわゆる「従軍慰安婦の強制連行」を認めていた。だが、それを裏付ける証拠は日本側が集めた公式文書になく、談話発表の直前にソウルで行った元慰安婦からの聞き取り調査のみに基づいて「強制連行」を事実と認めたことが、後に石原氏の証言で明らかになった。その後、一部マスコミが「広義の強制性」に論点をすり替えたこともよく知られている。

 誤った事実認定に基づく政府見解にいつまでも内閣が縛られることは不自然だ。再調査による見直しが必要である。過去にも政府見解が変更されている。首相の靖国参拝について、昭和55年の政府見解は「違憲の疑いは払拭(ふっしょく)できない」としたが、昭和60年に公式参拝を合憲とする見解に改められた。

 河野談話についても、まず議員レベルで専門家を交えた研究を行い、正すべき方向性を示してほしい。

2006年10月30日付 産経新聞

ベッキー:レベッカ宮本「吉見義明中央大教授の『広義の強制』や、二転三転する慰安婦証言など調べてみると結構笑えるものも多いんだが」

桃瀬くるみこのケースなんて大爆笑よね。年齢と言い立てている経歴とをつき合せてみて♪」

芹沢茜「2006年2月26日、80歳で死亡ということは1924年生まれだな」

よみ:水原暦「13歳のときインドネシアに連れて行かれ、7年間日本軍の従軍慰安婦か。1924+13=1937、連れて行かれたのは1937年(昭和12年)って、あれ?日本軍がインドネシアに上陸してオランダを蹴落としたのは1942年だろ?」

桃瀬くるみ「そうよ。この人がウソをついているか、大東亜戦争開戦の4年も前にオランダ統治下のインドネシアに日本軍が居たかのどっちかよね」

芹沢茜「どーみても後者はありえねー。そんな時期に駐屯して慰安婦の用意をできるほど日本軍は先見の明があって、しかもオランダに気づかれないほど完璧に隠匿できるくらい優秀だったのかよ」

桃瀬くるみ「じゃ、お約束のテンプレね。ららる〜ららる〜♪」


人類史上最大のミステリー

・兵士1人が日本刀1本で100人以上斬り殺せる程の戦闘能力と有り余る予備の日本刀を持ち、
・銃剣と単発銃のみで80万人以上殺す等、原爆以上の破壊力を持つ携行兵器を誇り、
・各植民地で無駄に現地人を殺してまわる程武器弾薬が余っていて、
・国境地帯に計19ヶ所、4700kmに及ぶ要塞及び1700kmもの地下要塞を作り、
・その工事で320万人もの労働者を運用するノウハウと物資があり、
・さらに工事後1万人を生き埋めにしたのみで、60年間もこの超巨大要塞を隠蔽する程情報管理が徹底しており、
・揚子江の川幅を2m以下にしたりする程の高い土木技術を持ち、
・人口20万人の南京市で30万人を虐殺し、20万人を生還させるクローン技術を持ちかつ、その死体を1台のトラックで2週間で片付けられる程の行動力があり、
・沖縄で米軍上陸後も市民に玉砕命令が出せる程命令系統がしっかりしていて、
・何百万人を殺しておきながら、戦後半世紀以上も、殺害時期、殺害方法、日本兵の心理状況などこと細かな内容迄隠し通す機密保持の高さを誇り、
・当時オランダ領だったインドネシアにも開戦前から日本軍用の慰安婦を送り込む程先見性があり、
・日本兵の数を上回る程の従軍慰安婦を一日に一人あたり何十人も暴行する程体力と食料があって、
・AVが無かった時代にも関わらず慰安婦に顔射する程独創性に富み、
・韓国で文化施設はもちろん一般家庭にある辞書から料理本に至るまで処分してまわる程暇で、
・好太王碑拓本を近代日本の半島進出を正当化するため、都合の良い様に改変し、
・保護する為に植民地ではなく「併合」したにも関わらず、 韓国の運気を捻じ曲げる為に、山の頂上に鉄杭を埋め込む程風水に明るく、
・韓国の優れた建築施設/街/鉄道を全て接収することなく破壊し尽くした上、新たに日本のダメな建築物に建て替える程資材と資財が有り余っていて、
・劣等民族と言う卑下意識を植え付ける為にわざわざコストのかかる行政区域の名前変更を実施し、
・当時の朝鮮の人口のおよそ半数近くを日本へピストン輸送する程燃料と船舶が豊富で、
・人間の脂肪から、航空燃料を作れる程錬金術に長け、
・写真の影さえ消せる位の隠密行動に長け、銃殺しても血が流れない銃を開発し
・中国で家々に火を放ちまくり無駄に虐殺した民間人の死体を一カ所に集めてたっぷりとガソリンをまいて燃やす程石油資源に余裕があり、
・わずか70万人の関東軍で戦闘の合間に20万人もの中国人慰安婦を満足させる程絶倫で、
・960万平方kmもの大地の3分の2を支配し、
・家々に火を放ちまくり6年間で1万7000以上の村を焼き払う程の行動力があり、
・5000万人もの民間人を250種類もの殺人方法を用いて殺害した上にその痕跡を残さず、
・広く険しい中国大陸を大軍勢で移動していたにも関わらず、各地区の兵士や民間人が逃げる暇も無い程のスピードで動き回るなど金メダル級の運動能力を誇り、
・山東省で広島+長崎の核2発分の犠牲者数を超える42万人を殺戮する程の細菌兵器を保有し、
・さらに細菌兵器開発の為20万人を生体実験出来る程医療設備が充実しており、
・田舎から都市部まで全ての街道を余す所無く隅々まで破壊し尽くし、
・さらに人気の無い山の奥深くでさえ草一本残さず毟り取る程の根気と几帳面さを兼ね揃え、
・11歳が戦場で暴れ回る程若い内から逞しく、14歳で731部隊に採用される程医学を習得し、
・15歳の少年に細菌戦部隊での軍務が務まる程の教育水準を持っていて
・終戦後になぜか意味の無い強制連行を行いまくる程の軍備と余裕があり、
・1941年の大東亜戦争開戦時にダム一つ作る為に延べ360万人を動員し9年間に83名もの犠牲者を出し、
・圧倒的科学力を誇る朝鮮の反日勢力になぜか圧勝する程運がよく、
・朝鮮人を殺しまくりながら人口を2倍にするという魔術を持ち、
・敗戦国でありながらGHQを手玉にとって朝鮮戦争を起こすようコントロールする程政治力と外交能力に長け、
・中国での最初の慰安所「大一サロン」にはハイテクエアコンを完備させ、
・中国の呼倫貝爾市の地下に60年も見つからない、 広さが東京ドーム2.5個分の毒ガス実験室を作る程に優れた土木技術と豊富な資源、人材を保有し、
・重慶大爆撃では世界戦争史上、無辜の非戦闘員を大量に殺戮して敵の戦意を奪った“戦略爆撃”を発明し、
・そこで半世紀以上放置されても使用出来る毒ガスを作れる程の科学力を誇り、
・金の掛かる化学兵器砲弾を200万発も生産して中国全土に埋め、
・終戦間際の補給線が断たれた時期にマニラで一日3000人を殺害する継戦能力を保持し続け、
・もともと無い記憶を奪えるという摩訶不思議な技術を持っていた大日本帝国が敗戦した事は、
人類史上最大のミステリー。


よみ:水原暦「これがあの有名なミステリーテンプレなのか」

芹沢茜「確かに、特アやお左さんの主張をすべて盛り込んだらそうなるよな」

桃瀬くるみ「あと、クリスマス休暇には客が多く来たなんてのもあったわね。日本軍にそんな休暇があるかっての」

ベッキー:レベッカ宮本「今は、慰安婦問題を政治問題に持ち込もうとアメリカまで巻き込んで必死になってるな。マイケル・ホンダとかいう下院議員が非難決議を通そうとして奮闘している」

芹沢茜「それって、けっこうやばくねーかな?下院で可決されたら、日本軍の蛮行として公認されたことにならないか?」

美浜ちよ「えーっと、下院で可決されたところで、現実的にはあまり意味はありません。まるで、アメリカ全体が日本を非難するかのようなイメージを持っていますけど…」

よみ:水原暦「え?そうなんですか?」

ベッキー:レベッカ宮本「そうだ。作者は『だからどうした?』ってレベルだと考えている。可決された場合、証拠資料を提出し丹念に吟味検討して真相に迫らなくてはいけなくなるが、そうなると、政治ではなく学問上の課題になってくる」

桃瀬くるみ「作者としては、そのほうがおもしろいと考えているみたいね♪」

芹沢茜「でも、可決されたということで、アメリカも認めたとして担ぎまわって喜ぶ連中がいるだろ」

よみ:水原暦「たしかにそういう『宣伝活動』は侮れないかな…」

ベッキー:レベッカ宮本「ああ、だからこそ、この問題については『学問的』にアプローチして、淡々と研究成果を積み上げてゆくべきなんだ。作者は、間違っても相手と同じ土俵に上がって反プロパガンダとか情報戦とか反駁映画の製作とかをすべきじゃないと考えている。泥仕合に陥るだけでメリットも無いしな」

桃瀬くるみ「どうせなら、研究成果を通常形式の発表だけでなく、フラッシュとかにしてばら撒いたほうがよっぽど気がきいているわ♪」

美浜ちよ「そ、そうですね。日本人はそういうお遊び心の詰まった職人仕事でエンターティメントのコンテンツをつくれますから」

桃瀬くるみ「そうそう♪『らき☆すた』とか『やらないか』のボディーペイントをゲーム中の車に施すくらいだもん♪しかもただの図形を組み合わせて」

よみ:水原暦「おもしろければいい、というのは思想主義より先に来ますしね」

ベッキー:レベッカ宮本「そうだな。作者は、ネット上におけるいわゆる『右寄り』とされる連中はこの手のテクニックに長けていると見ている。自分たちの主張を声高に叫ぶより、それをネタにして笑えて楽しめるものにしているとな」

芹沢茜「ぶっちゃけた話、世界史コンテンツなんてその代表だろ。それにひきかえ『お左さん』たちのこの手の分野における寒さときたら…」

桃瀬くるみ「『あかはたともみ』だったっけ…あのセンスはちょっと…OTZ…逆に狙っているのかとかんぐってしまうわ…」

ベッキー:レベッカ宮本「ただ、アメリカは妙に情で動く側面もあって、『強制連行された性奴隷』問題は人権的に許せないと反応している連中も多い。なんにしろ、淡々と学問的にやっていくことがかんじんだろうな。さ、次は鉄杭伝説にいくぞ。日帝の民族抹殺蛮行として有名だな」

芹沢茜「風水ってさぁ、Dr.○パとかいうのがやってるように、運気を上げるために家具の位置を変えたり、小物を買って置くもんだろ?」

美浜ちよ「それは現代日本だけの話です。本来、本文にあるような、地脈や土地の気の流れが人間や自然に影響するといった大掛かりな風水思想は、支那・朝鮮で大きな力をもっていました」

ベッキー:レベッカ宮本「たとえば、秦の始皇帝は金陵(現在の南京)に王の気があるのを憎んで、丘を分断して秣陵という名前にあらためさせたし、支那王朝の首都は風水的に良い土地を選んでもいた。
 ま、ほんとに風水が万能なら諸王朝は滅びることはなかったはずだろ、って皮肉ったのは薬師寺涼子だったかな」

よみ:水原暦「田中芳樹ですか」

美浜ちよ「はい。田中芳樹の『薬師寺涼子の怪奇事件簿』の主人公です。作者は該当箇所がどの巻にあったかは忘れていますが」

ベッキー:レベッカ宮本「朝鮮においては、高麗の開祖王建の遺言が有名だな。天下統一を争った最大のライバルであった後百済の領土である全羅道の地勢は、ことごとく風水で理想とされている地勢の裏返しになっているため、人心も逆心が多い。官に登用すれば謀反を起こすであろうから、決して登用するな、と言ったんだ」

桃瀬くるみ「それって、風水に名を借りた意趣返しじゃないの?」

美浜ちよ「明の洪武帝朱元璋が、覇を競った最大のライバルだった陳友諒の一党を『九姓漁戸』という賤民に落としたという伝承と似てはいますね。また、これに基づく地域差別がはるか後世の李朝時代の反乱や東学党の乱や光州事件まで尾を引いているという指摘もあります」

ベッキー:レベッカ宮本「まぁ、実際のところは、それほど後世まで影響が尾を引いたのかは分からないんだ。全羅道への差別については、李朝時代の反乱が元になったという話もあるしな」

よみ:水原暦「風水といえば、朝鮮では運気のよい土地に墓を建てるとか聞いたことがあります」

美浜ちよ「明堂というものですね。運気のよいところに墓を建てれば子々孫々に良い結果が現れるというので、墓地争いやひどいときには他家の墓地内にこっそり埋葬するなんて行為(偸葬)もあったようです」

桃瀬くるみ「偸葬って李朝・大韓帝国じゃけっこう重罪っぽかったみたいだね」

芹沢茜「でも、風水ってそんなにすごいものなのか?全然実感が湧かないんだけど」

ベッキー:レベッカ宮本「んー、ぶっちゃけた話、日本人にとっては、風水なんてそんなに縁が深いものじゃないな。それこそDr.コ○の家相学程度だ。作者は6年前、家を探しているときに、前の住人が風水にこっていて壁を黄色に塗りつぶしてしまった部屋を見たことがあったがな。
 顕著に影響が認められるのは、平安京のレイアウトぐらいじゃないか」

よみ:水原暦「徳川家康が江戸を建設するとき、天海僧正らが風水を考慮して寺院を建てたとかいう話を聞いたことがありますが」

ベッキー:レベッカ宮本「ああ、鬼門(北東)・裏鬼門(南西)に鎮めの寺院を置くってやつだろ。作者によるとあれはマユツバもんだと。江戸についてその手の言説は多いんだが、たいがい方角の点で牽強付会が多い。たとえば、宮元健次『江戸の陰陽師』って本だと、富士山を北の守りに対応するという時点で方角がグデグデだしな」

桃瀬くるみ慎埠シン・ヨンハソウル大教授って誰?」

ベッキー:レベッカ宮本「李泰鎮と並んで韓国歴史学者のレベルを示してくれるよいサンプルだ。歴史や竹島関係でも結構バカをさらしているぞ。
 そういやネイバー総督府のdreamtale(通称ドリテル獄長)さんもこんなかたちで触れられていた」

崔書勉教授

李泰鎮、慎埠と併せて、個人的に勝手に三馬鹿トリオと呼んでいる。
他にも金文吉等いくらでも馬鹿はいるものの、やはり知名度では上記3人に軍配が上がるのではないだろうか。
そんな崔書勉のインタビュー記事に突っ込みまくってみたエントリー。

今月の回顧録(2005年4月)

美浜ちよ「鉄杭の話はおしまいですが、次回は歴史清算事業のひとつである地名回復運動、それと日本語追放運動についてふれる予定です」


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