斜め上の雲 29

IMF




 しかし、祭りの終焉は突如おとずれた。

 九七年七月、タイから発生した通貨危機が高揚感につつまれていた韓国を直撃したのである。
 まさに不意打ちといっていい。ヘッジファンドのしかけた通貨の空売りによって買いささえることのできなかったアジア各国の通貨は軒並み急落した。
 韓国ものがれることはできなかった。十一月には株価が一日の変動幅としては史上最大の七パーセントという下落を記録し、十二月末にはついにデフォルト寸前の状況にまで追いこまれた。あいつぐ財閥の倒産によってドル資本が逃げ出していたこともあって被害は拡大した。
 財閥は政府と結びついて優先的に融資をうけ多角的な経営をおこなっていたため中小企業の育成を阻害し、技術開発に力を入れていなかったこともあって国際的な競争力は低かった。また、外貨が流出し対外債務が増えていたこともあって倒産は連鎖していった。

 このような事態により、ついに国際通貨基金(IMF)が韓国を管理下におくことになり各国に緊急支援を要請した。韓国が過去の仕打ちを棚にあげて台湾に援助をもとめたのはこのときのことである。
 多くの国が拠出をしぶるなかで、日本は韓国に対してIMF緊急支援五百七十億ドルのうち百数十億ドルを拠出した。

 韓国社会の空気は一転し、消費もいっきに冷えこんだ。このままではせっかく招致に成功したワールドカップの開催に必要な施設の建設すらおぼつかないであろう。
「お金がなければカードをつかえばよい」
 と世実はつぶやいた。
「なにをいっているんだ」
 さすがに華秉も苦笑するしかない。
「今、カードなんて使えないぞ。ウリナラに返済能力がないのだからな」
 その答えに世実はふしぎそうな顔をした。
「現在はともかく、将来の返済能力を考慮するのがあたりまえではないのか。ウリナラの発展成長はすでに約束されているのだぞ」
 ふたたび華秉は苦笑した。
「文句があるならIMFへいってこい」
 この時期、IMFにちなんだジョークが多くつくられた。そのほとんどはこの民族にはめずらしく自虐的なものであった。
 韓国の大学の成績表はABC順でありFは最低の落第点を意味するため、韓国人はIMFを、
「アイムエフ」
 とよんで自嘲した。また花札でも、資金を借金した人間は貸主のいうことにしたがってゲームをすすめるというルールをつくり、
「IMFルール」
 と称するようになった。

 大統領に就任した金大中は、大宇などの財閥の解体や統廃合による構造改革をすすめ、他国の援助などによってどうにか危機を乗りきった。この過程ではさまざまな喜劇があった。
 たとえば、自動車である。
 外国車に乗っている人間へのいやがらせが頻発したのである。車体を釘で引っかかれたり、タイヤをパンクさせられたり、サイドミラーやガラスを割られたりするだけでなく、駐車拒否や給油拒否、たまごをぶつけられた例まで出た。ようは、IMF支援体制下という非常時に高級車に乗っているのはけしからんということであった。見方によっては同様にはやっていた外貨節約、国産品愛好運動とならんでりっぱな、
「排外主義」
 と、とられるであろう。これでは海外で韓国車不買運動をもまねきかねない。韓国輸入自動車協会はあわてて善処をうったえた。

 また財閥の統廃合のほかIT産業の振興などの政治レベルでの改革がすすめられたほか、社会でもまざまな運動がおこった。
 石油やガスといった輸入燃料の高騰により練炭の需要がふえたのもそのあらわれであった。韓国ではオンドルのために伝統的に練炭を使用してきたのだが、近年は暖房器具の普及によってその使用量が落ちこんでいたのである。
 また、婦人団体の実施した「新・国債報償運動」では、初日の決起集会だけで金九千グラム、銀五百グラム、ドル紙幣三千二百ドルがあつまった。日韓併合直前、干渉をまぬかれるために日本からの融資をかえそうとした国債報償運動を手本としたものであったという。
 国庫に金製の貴金属を供出するという運動も展開された。放送局がキャンペーンをはったところ一週間で八十万人が五十トン以上の貴金属を供出した。

 このときほど、この国のひとびとが反日以外の理由で結束したことはなかったといっていい。

「韓国が危機におちいれば、日韓関係は好転する」
 錫元は苦笑した。韓国が反日などやっていられないような窮境になったためだというのである。
 金大中大統領も、日本大衆文化の開放をすすめ、九九年五月五日、端午の節句の行事のおり官邸に子供たちをまねいたとき、かれらに、
「大統領は、子供のころどんな贈りものがほしかったですか」
 ときかれ、
「歴史に興味があったので、歴史の本がほしかった。しかし、当時は日本だったので日本の歴史しか教えてもらえなかった」
 といい、
「先生が他の日本人生徒に、なぜ朝鮮人のほうが日本の歴史をよく知っているんだ。もっと勉強しないか、といったことさえあった」
 とわらった。今から考えればとうていゆるされる会話ではないであろう。

 また、この年は海軍が注目された年でもあった。六月には西海の延坪島沖で北方境界線をこえて南下していた北朝鮮の警備艇二隻と交戦、これを撃退した。
 第二艦隊司令部のある仁川港の埠頭で表彰式がおこなわれ、迎撃した警備艇艇長以下将兵は特進し休暇まであたえられた。もっとも功績があるとされた艇長はまだ三十一歳の大尉であった。
(うらやましいことだ)
 功績をたてて報われたことがではなく、余計なことを考えずに敵を撃退するだけでよいということがである。錫元はふとそうおもった。
 太陽政策とやらに着手したこの国では、数年後には敵を同胞とよびかえ、かれの功績を犯罪にしてしまうようになるのではないか。

 華秉の反応はややちがった。
「海軍はよくやった。だが敵をまちがえてはならぬ」
 北朝鮮が海軍で侵攻してくることはないであろう。それよりも、注意警戒すべき対象は東海のむこうにある。
 それをきいていた友達の海軍中尉は苦笑して、脇においていた本をそっと後ろにかくした。その本の表紙にはハングルで、
「坂の上の雲」
 とかかれていた。この当時建軍期にある韓国海軍のなかで、この本が共感をもってひろく読まれるようになっていたのであった。


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桃瀬くるみ「ほんと、久々の更新ね」

ベッキー:レベッカ宮本「作者は4月に転職して以来忙しかったからな。それに別のネタにかかりきりというのもあったんだよ」

芹沢茜「どうせ、エンコリの【クソスレ】だろ。それに今回投下する『斜め上の雲』本編自体は1年前に完成しているものだし」

よみ:水原暦「それはともかく、ついにIMFネタですね」

ベッキー:レベッカ宮本「といっても、作者は経済は苦手だ。適当に流すつもりらしい」

芹沢茜「そんないい加減な……」

美浜ちよ「倒産状況ですが、1997年1月、韓宝グループが倒産したのが嚆矢となって、三美(鉄鋼)、大農(食品)、真露(酒造)、起亜(自動車)、サンバンウル(衣料)、テイル(精密機器)と、さまざまな業種の大企業が事実上の倒産状態に陥りました」

桃瀬くるみ「事実上?」

ベッキー:レベッカ宮本「巨額の不渡りを出したが、銀行が一定期間不渡りの処理を猶予している状態のことだ。10月までに倒産状態に陥った上場企業だけでも28社、全企業を対象にした調査では10月の倒産企業は1435にも達したんだ」

よみ:水原暦「すごいですね」

美浜ちよ「本文にありますように、韓国政府の要請によって、IMFは210億ドルの直接支援を決定しました。その他に、世界銀行100億ドル、アジア開発銀行40億ドルの融資、日米など7ヶ国による220億ドル(日本は100億ドル)の支援が決定され、総額570億ドルの支援が行なわれました。また。韓国の抱える日米欧の民間銀行との短期債務218億ドルを長期債務に転換するということも行なわれました」

ベッキー:レベッカ宮本「金泳三の大統領就任後、対外開放と規制緩和を進めたこともあって、外貨は流出、経常収支赤字が増大して対外債務がどんどん増えていったことも痛かったな」

桃瀬くるみ「具体的にはどれくらいなの?」

ベッキー:レベッカ宮本「対外債務は、金泳三就任直前の92年末には428億ドルだったんだが、96年には1643億ドルになっていたんだ。これをなんとかするには、ウォン切り下げという手があったんだが、やらなかった」

美浜ちよ「政権支持率や選挙への影響を恐れたためやらなかったという説もありますね」

ベッキー:レベッカ宮本「IMFと諸国からの支援について、『親日派のための弁明』(金完燮 )では、ドイツから最も多くの投資と経済協力があった、と書いてあったな」

芹沢茜「ソースは何なんだろう?」

ベッキー:レベッカ宮本「わからん。なお、韓国経済の弱点であったとされる技術開発の軽視は今でも健在だ」

桃瀬くるみ「ソースを絞るだけでもうんざりするほど溢れている『パクリ』ネタのことね」

よみ:水原暦「世実の「お金がなければカードをつかえばよい」と、華秉の「文句があるならIMFへいってこい」は元ネタがあるんですか?」

ベッキー:レベッカ宮本「マリーアントワネットの名台詞とされる「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」と『ベルサイユのばら』中の「文句があるならベルサイユへいらっしゃい!」がネタ元だな」

美浜ちよ「ちなみに「将来の返済能力を考慮するのがあたりまえではないのか」というのは、掲示板での韓国人の発言が元ネタです。その人によると、お金を貸す際はそういうところを考慮するのだとか……「アイムエフ」と外車迫害、供出運動、金大中の発言、『坂の上の雲』の話は『韓国は変わったか』が元ネタです」

「アイム・エフ」とは '97・12・6

 金融危機の韓国経済が資金支援を受ける国際通貨基金(IMF)の管理下にはいってしまった。韓国ではこのところ、どこにいっても「アイエムエフ、アイエムエフ……」と話題はIMFだ。このIMFを韓国人たちは「アイムエフ」といっているため、英語の文章にすると「私はエフ(F)」ということになる。
 ところが、FはABC順で成績をつける韓国の大学では最低の落第点を意味する。その結果、「アイムエフ」は「私は落第」ということになり、文字通り韓国経済にとっては「アイムエフだ」と韓国人は自嘲している。
 IMFの管理で金融機関の整理は必至といわれ、銀行員の労組は早速、首切り反対のデモをやっていたが、そのプラカードには「IMF=I'M Fired?」と書いてあった。このFの単語の「ファイアード」は「解雇」ということで、労組員の不安と抗議の意味が込められていた。
 今回、韓国経済がIMFの管理下に入ったことで「IMF信託統治」という言葉が登場しているのは興味深い。韓国(朝鮮)は一九四五年、日本の植民地支配から解放された後、一時、国連による信託統治案があり、賛否をめぐって国論が大分裂する政治混乱を経験している。
 当時の国連信託統治安は「解放・独立の喜び」に水をかけるもので、結果的には反対論が強く実現しなかった。韓国人の民族主義感情が今後、「IMF信託統治」でどうなるのか興味津々だ。

IMF寒波 '97・12・13

 韓国は今、国際通貨基金(IMF)の緊急支援下で経済が凍りつき、「IMF寒波」といわれて不景気な年末になっている。しかも今週、お天気のほうの寒波も襲い、ソウルで氷点下一〇度以下の最低気温が続き、雪まで降って街が凍ってしまった。
 今回の金融危機は、相次ぐ財閥倒産などで韓国経済の先行きに不安を感じたドル資本が急に韓国から逃げてしまったために起こった。そこで国民運動として海外旅行、輸入品購入の自粛といったドル節約や、海外在住者からのドル送金、それにタンス預金になっている少額ドル紙幣の供出などの運動などが行なわれ連日、話題になっている。
 その一つに婦人団体による「新・国債報償運動」が始まっている。ご婦人たちがタンスや鏡台の引き出しなどに入れている指輪など貴金属を持ち寄り、国庫に献納しようという「愛国運動」だが、初日の決起集会ではたちまち金九千グラム、銀五百グラム相当にドル紙幣三千二百ドルが集まった。
 この運動は実は日韓併合直前の一九〇七年、日本からの借金を返そうとして愛国者たちによって行なわれた「国債報償運動」を手本にしたものという。
 今回、IMFは支援の条件として金融市場を中心に「経済開国」を強力に要求している。「開国」の外圧には当然、「攘夷」の反発がある。百年前の外圧による開国は、最後は力及ばす亡国につながった。そのせいか韓国では支援を受けながら一方でIMFに批判と警戒が強い。

外車の受難 '98・3・14

 外車輸入販売の業者団体である「韓国輸入自動車協会」が記者会見し、最近、起きている外車に対する「排外主義」の事例を挙げ善処を訴えていた。その事例というのが輸入規制とか販売規制といったビジネス次元のことではなく、外車や外車に乗った人への嫌がらせやイタズラのたぐいで「金融・外貨危機の中で外車なんかに乗っているのはケシカラン、非国民だ!」というわけだ。
 たとえば駐車中にクギで傷がつけられたり、パンクさせられたり、サイドミラーや窓ガラスを割られたりのほか、駐車拒否やガソリンスタンドでの給油拒否まである。すれ違いざま「売国奴!」といわれたり、タマゴを投げられた例もあるとか。「IMF(国際通貨基金)!」と叫ぶ者もいるから「IMF支援体制下で苦労しているのに何だ」 ということらしい。
 協会では「一部国民の誤った愛国心のせい」といい「これでは外国に誤解を与え、海外で韓国車の不買運動が起きかねない」と警告しているが、外貨節約、国産品愛用など大々的な「国難」キャンペーンが展開されているため外車が目のカタキにされているのだ。ちなみに韓国車の輸出は昨年百二十万台で輸入外車はわずか八千台という。
 こうした感情的な「愛国」現象はたちまち海外に伝わり韓国の評価を下げる。日本相手ならいつもの「反日」として「またか」で済むが、諸外国は「国際支援を受けていながら何だ」と新鮮に驚くだろう。

金大中大統領の知日ぶり '99・5・8

 韓国も五月五日が「こどもの日」で各地でいろんな行事があった。その中で大統領官邸に子供たちが招かれ、金大中大統領との質疑応答など交歓する場面があったのだが、その際、子供たちから「大統領は子供のころ贈り物では何がいちばん欲しかったですか」という質問が出た。
 これに対し大統領は、「歴史に興味があって歴史の本が欲しかった。しかし当時は日本支配時代で日本の歴史しか教えてもらわなかったのだが、私が日本の歴史をよく読んで知っているため、日本人の先生は他の日本人生徒に対し、朝鮮人が(日本人より)日本の歴史をよく知っているのは恥ずかしくないか、とまでいったことがある」と笑いながら答えていた。
 あまりに正直な思い出話に、テレビ中継を見ながらこちらがはらはらした。子供時代の話とはいえ、これでは下手すると韓国では最も侮辱的な「親日派」などといわれかねないでないか。もしこれが「歴史立て直し」を叫んでいた金泳三前大統領だったら「歴史好き」「学校では日本の歴史しか教えられなかった」はそのままとして、最後は「しかし家では李舜臣イスンシン将軍や世宗大王など韓国の歴史を読んでいた」となったかもしれない。
 この間の金大中大統領の対日姿勢を見ていると「過去は清算された」発言をはじめ、こちらがいささか心配になるくらい自然体であり、友好的である。世論も今のところ黙っている。願わくば将来、マスコミをはじめ世論の「大逆風」ないことを。

韓国の「坂の上の雲」 '99・7・10

 先の韓国西海岸沖での北朝鮮海軍との交戦事件は韓国では「延坪ヨンヒョン(島)海戦」といわれ先日、仁川港の第二艦隊司令部の埠頭で有功者表彰式が大々的に挙行された。海軍の広報将校は「前線ではまだ緊張して備えているので祝賀気分などと書かないでください」と注文していたが、実際は祝賀ムードそのものだった。
 韓国の陸海空三軍の中ではこれまで海軍は格落ちとみられ人気もいまいちだった。韓国軍はもともと北朝鮮の侵攻に備える内陸型の軍備で海軍は陸や空に比べ戦力が弱かった。それが近年、国際化時代の掛け声とあいまって海軍力増強に乗り出しており、現場で海軍本部の広報室長からもらった名刺にもネイビーブルーのカラーで「海へ、世界へ」の文句が刷り込んであった。
 その海軍にとって今回の交戦事件は絶好のPRチャンスとなっている。韓国海軍において建軍以来、最大の海戦で最大の勝利だったからだ。勝利に貢献した将兵たちは特進し、ほうびの休暇をもらい、埠頭からバスに乗って帽子を振りながら故郷に向かった。最も功績のあった警備艇の艇長は少年の面影を残した三十一歳の大尉で、そのまま母校のソウルの中学校での歓迎式に臨んだ。
 式の後、広報将校たちと近くの刺身屋で昼飯となり焼酎で乾杯となった。そこで出た話だが、韓国海軍では日本海軍の建軍期を描いた本として司馬遼太郎著『坂の上の雲』(翻訳本)が必読書になっているという。

『韓国は変わったか ソウル便り10年の記録』黒田勝弘 徳間文庫


ベッキー:レベッカ宮本「供出運動については、大東亜戦争中の日本もやっていたな」

桃瀬くるみ「こんなところまでパクリね♪」

よみ:水原暦「この『新・国債報償運動』の元ネタである『国債報償運動』ってどんなものなんですか?」

ベッキー:レベッカ宮本「それについては、hitkot氏作成による以下のコンテンツが非常によくまとまっている」

芹沢茜「あいかわらずの寧覇総督府だのみで丸投げかぁ?!」

ベッキー:レベッカ宮本「仕方あるまい。今さら作者が取りくんだところで、中途半端な二番煎じに終わるのは目に見えているだろ」

 国債報償運動 

よみ:水原暦「まず、日清戦争後、大韓帝国は改革資金調達のため日本から借款供与を受けるようになり、日露戦争後、統監府時代にはその総額は1300万円にも達したと」

芹沢茜「それってただの融資じゃねーのか?ほら、ODAみたいに」

桃瀬くるみ「無償資金協力じゃなくて有償資金協力ってやつのほうね」

ベッキー:レベッカ宮本「日本のほうに政治的な思惑が無いとは言えないがな。で、その借金を返済して日本に対する負い目を解消することで、貸主たる日本の干渉を排し国権を守ろうということで『国債報償運動』がはじまったわけだ」

よみ:水原暦「企業が、融資者である銀行の影響力を排除するため、融資金を全額返済して関係を断とうとするようなもんですね」

美浜ちよ「それで、1907年3月に国債報償期成会が結成され、禁煙してタバコ費を募金しようという禁煙運動が始まり、また指輪やかんざしの供出運動が行なわれたのです」

桃瀬くるみ「ところが、最初は真面目に禁煙して寄付していた連中は多かったけど、結局、禁煙のフリをして裏で吸うというあきっぽい連中が続出、さらには禁煙運動の発起者役員などに募金を使い込む者が多かったということね。4月末の時点で16万4千2百円集まったみたい」

芹沢茜「一ヶ月で挫折(ORZ)かよ、情けねー」

よみ:水原暦「生まれてから今までタバコを口にくわえたことすらない作者が、禁煙の辛さをとても理解できるとは思えませんが」

桃瀬くるみ「で、運動は尻すぼみにフェードアウト!と。一時的な流行に熱狂する『鍋根性』、そして横領癖というかれらのダメダメぶりがいかんなく発揮されているわね」

ベッキー:レベッカ宮本「もっとも、横領の犯人にはイギリス人ベセルもいたんだがな」

dreamtale日記 梁起鐸事件(一) 梁起鐸事件(二)

美浜ちよ「ですが、タバコを朝鮮半島に持ち込んだのは日本人です。ひょっとすると謝罪と賠償を請求されるかもですよ」

芹沢茜「マジ?!」

美浜ちよ「はい。『朝鮮王朝実録 仁祖実録』にこうあります」

我国人潜以南霊草、入送瀋陽、為清将所覚、大肆詰責。南霊草、日本国所産之草也、其葉大者、可七八寸許。細截而盛之竹筒、或以銀・錫作筒、火以吸之、味辛烈。謂之治痰消食、而久服往往傷肝気、令人目翳。此草自丙辰・丁巳年間、越海来、人有服之者、而不至於盛行、辛酉・壬戌以来、無人不服、対客輒代茶飮、或謂之烟茶、或謂之烟酒、至種採相交易。久服者知其有害無利、欲罷而終不能焉、世称妖草。転入瀋陽、瀋人亦甚嗜之、而虜汗以為非土産、耗財貨、下令大禁云。

仁祖実録 仁祖16年(1638)8月4日条

よみ:水原暦「『南霊草』つまりタバコは1615、6年ごろに日本から伝わってきて、数年後には吸わない人はいないほどになったとありますね」

桃瀬くるみ「害毒があるので根絶したいけど、不可能。それで「妖草」と呼ばれると。麻薬みたいね」

ベッキー:レベッカ宮本「明と対峙している戦時体制の清にとっては、こんな無益且つ有害な消耗品に財貨を吸い取られるわけにはいかん、とホンタイジが禁令を出した。ところが、ある朝鮮人の荷物から発見されて譴責されたということだ」

芹沢茜「密輸・抜け荷ってやつだな」

美浜ちよ「個人的な嗜好品として密かに持ち込もうとしたのか、密売するために持ち込もうとしたのかはわかりません。
 1907年の国債報償運動について、上記コンテンツでも使用されている資料から運動状況を紹介します」

ベッキー:レベッカ宮本「上記コンテンツではふれていない部分だ。北部の義州の状況らしい。上のページの後ろから8行目から下のページの7行目までをテキストに起こしたから見ろ」

統監府政況報告並雑報 明治四十年七月三十一日 伊藤博文作成
(アジ歴レファレンスコードB03041513800)





二、国債報償会の狂熱
国債報償会の起こるや観察使署理参書及は其の発起人となり裁判所検事税務官税務主事普通学校長■教員共之に附和雷同し日本の負債を償還せざれば我邦土は日本の有に帰すべしとの檄を発し義捐金を促したるを以て之が為一層排日の気勢を高めしめたり
三、喫烟禁止会の煽動
国債報償会と共に喫煙禁止会なるもの起こり報償会と同様の趣旨を以て印刷物を配付し名を喫煙禁止に籍り日本品の購買を阻止せんと努め倍々排日思潮の波動を高からしめたり

ベッキー:レベッカ宮本「喫煙禁止に名を借りて日本品の不買を狙うということもあったらしい。作者はこれを見て、1995年の日本産煙草不売運動事件を思い出したそうだ」

よみ:水原暦「どんな事件です?」

「たばこナショナリズム」も当然、話題になった。韓国ではナショナリズム現象が起きると決まって輸入タバコが槍玉に上げられるが、この年(作者註1995年)、近年、売上げを伸ばしている日本の「マイルドセブン」が最大の攻撃対象になった。タバコ小売商が「光復五十周年」を機に自発的(?)に不売運動を展開し、マスコミは「光復五十周年に日本タバコを吸っていたのでは先烈に合わせる顔ありや!」と檄を飛ばした。
 その後、翌年にかけて日韓が領有権を争っている「独島(日本名・竹島)」問題にからむ反日ムードの高揚などもあって「マイルドセブン」の売上げは激減した。ところがその裏には「自発的不売」ではなく、韓国の専売公社「タバコ・人参公社」が反日情緒を利用して小売業者に裏工作していたことが判明し、日本側の提訴でタバコ公社が公正取引委員会に叱られるというエピソードを生んでいる。

『韓国人の歴史観』黒田勝弘 文藝春秋


桃瀬くるみ「これも一つの反日商法よね」

ベッキー:レベッカ宮本「作者はさらに逆パターンの『林家舗子』という映画も思い出したらしい」

芹沢茜「林家?落語家の話か?」

美浜ちよ「違いますよ。1959年、中国の芽盾という作家の小説を映画化したもので、1930年代の浙江省で、日貨排斥運動に翻弄される雑貨商を描いた映画です」

ベッキー:レベッカ宮本「大学の講義で見た作品なんだが、主人公の雑貨商『林家舗子』が日貨排斥運動に泡を食って、日本製の在庫商品に「国産」のシールを一家総動員で貼って、国産品キャンペーンをする場面がユーモラスに描かれていたんだ」

よみ:水原暦「いつの時代も支那人はたくましいですね」

ベッキー:レベッカ宮本「ああ、ヤツらはみごとなまでに実利的なところを発揮するからな。その点では、宗教的信念と化した『反日』を振り回す朝鮮よりは話が通じやすいのかもしれん。今回はここまで」


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