朝鮮総督府の朝鮮語奨励手当について



上原都「例によって、作者がアジア歴史資料センターをさまよっていて見つけた『朝鮮総督府及其ノ所属官署職員ノ朝鮮語奨励手当ニ関スル件ヲ定ム』(レファレンスコードA01200201600)が今回のネタよ」

綿貫響「へぇ、朝鮮総督府が朝鮮語の奨励手当ねぇ。だけどさ、この手の史料ってネイバー総督府や各サイトで紹介されてるでしょ?」

上原都「そう思ったんだけど、突っ込んで取り上げているところはそう多くないみたいなのよ」

神楽「それで作者がやって見る気になったんだな」

上原都「よそ様とかぶるのは避けたいというのはあるわね。さ、本文いくわよ。旧字は新字に、数字はアラビア数字にあらためたわ」


大正10年2月28日  内閣書記官長(印) 内閣書記官(印)
内閣総理大臣(花押) 法制局長官(印)
外務大臣(花押) 大蔵大臣(花押) 海軍大臣(花押) 文部大臣(花押) 逓信大臣(花押)
内務大臣(花押) 陸軍大臣   司法大臣(花押) 農商務大臣(花押) 鉄道大臣

別紙内閣総理大臣請議朝鮮総督府及其の所属官署職員の朝鮮語奨励手当給与に関する件を審査するに右は相当の儀と思考す依て請議の通閣議決せられ可然と認む
   勅令案
 呈案附箋の通

参照
 ●朝鮮総督府及其の所属官署職員にして通訳の事を兼掌する者特別手当に関する件
   明治43年9月30日 勅令第387号
朝鮮総督府及其の所属官署の判任文官、巡査、看守及女監取締にして朝鮮語通訳の事を兼掌する者には別表に依り特別月手当を支給することを得
前項の規定は朝鮮人にして判任文官、巡査、看守及女監取締と為り国語通訳の事を兼掌する者にも之を適用す 
手当の支給に関する規程は朝鮮総督之を定む
 附則
本令は明治43年10月1日より之を施行す
(別表)
   
  一級 二級 三級 四級
判任文官 10円  8円  6円  4円
巡査、看守、女監取締  7円  5円  3円  2円


拓秘1658号
  朝鮮総督府及其の所属官署職員の朝鮮語奨励手当給与に関する件
朝鮮総督府部内の内地人官吏をして朝鮮語に熟達せしむるは統治上頗る緊急の事たるを以て之が奨励の為朝鮮語に通ずる判任官以下の職員に手当給与の必要を認む依て別紙勅令案を提出す右閣議を請ふ 

 内閣総理大臣 原敬

内閣総理大臣 原敬殿


朕朝鮮総督府及其の所属官署職員の朝鮮語奨励手当に関する件を裁可し茲に之を公布せしむ

御名 御璽

大正10年3月9日
  内閣総理大臣
勅令第34号
朝鮮総督府及其の所属官署の内地人たる判任官以下の職員をして朝鮮語に通ずる者には朝鮮総督の定むる所に依り当分の内、月額50円以内の手当を給することを得
  附則
本令は公布の日より之を施行す 明治43年勅令第387号は之を廃止す













白鳥鈴音「これだけ短いと読むのも楽だねぇ♪」

上原都「本文でも『参照』としてあげられているように、朝鮮語通訳の加算手当じたいは、明治43年の勅令第387号で定められていたの。原資料は、明治43年勅令第387号『朝鮮総督府及其所属官署ノ職員ニシテ通訳ノ事ヲ兼掌スル者ノ特別手当ニ関スル件』、アジ歴レファレンスコードA03020870000よ」

神楽「その勅令を廃止して、あらためて奨励手当を決めたんだな」

上原都「しかも、適用範囲が判任文官、巡査、看守、女監取締といった役職だけに限られていたのを、対象を全官吏に広げたの」

綿貫響「ち、ちょっと待って!勅令第387号では朝鮮人にも日本語通訳の加算手当が規定されているけど、新しいほうじゃそれがなくなっているわ」

白鳥鈴音「えーと、日本人が朝鮮語を習うと手当がついて、朝鮮人が日本語を習っても何にも無し。これっていいのかな?」

上原都「あのねぇ、当時、朝鮮は日本の一地方、朝鮮人は日本国民、公用語(国語)は日本語よ。日本国民が日本語を習って手当がつくほうがおかしいでしょ。併合直後ならともかく、いつまで配慮してあげなきゃならないの?」

白鳥鈴音「?」

神楽「そっか…当時は日本だもんな」

綿貫響「多くの民族と言語を持っている中国で、共通語として普通語(北京語)が使われているのと同じか…」

上原都「そういうこと!大東亜戦前の日本は今よりも多くの民族を抱えていたんだから。台湾人、朝鮮人、樺太のギリヤーク人(ニヴフ)、南洋信託統治領のチャモロ人とかね。日本国内で、公用語の日本語を教育普及させてなにが悪いのかしら」

綿貫響「ってことは、日本人が朝鮮語を習うのは、現実の統治状況をみてのことなのね」

上原都「ええ。いずれは公用語の日本語を全土に通用させるとしても、現状を考えれば日本語オンリーなんて無理な話だしね。
 そうそう、念のために言っておくけど、日本語を使うことと朝鮮語を使うことは両立するものだからね。日本語教育=朝鮮語弾圧じゃないから」

神楽「え?違うのか?」

上原都「今の日本で考えてみなさい。作者は通常会話では関西弁だけど、学校教育の読み書きでは標準語(アクセントは関西弁)を教えられたわ。これを関西弁弾圧と言うかしら?
 また、台湾じゃ南のほうにゆけば、学校教育では国語(中国語)を教えられるけど、ふだんは台湾語というのも結構あるわね。それと同じことよ」

白鳥鈴音「作者は高校や大学で、大阪や神戸といった都市部出身の同級生が、本の朗読になるとアクセントまで標準語で読むのをみてびっくりしたんだって」

綿貫響「作者は、河内弁・和泉弁・紀州弁・大和弁というきたない部類の関西弁の雑じった地域で生まれ育って、ずっとアクセント矯正無しの関西弁で来ているしね」

上原都「まぁ、そういうことで、日本語を普及させたからと言って、それがすなわち朝鮮語弾圧を意味するわけじゃないのよ。朝鮮人に日本語だけの使用を強制せず、逆に日本人に朝鮮語を奨励した、優しくて思いやりのある統治者だと言う逆ねじをくわせることすらできてしまいかねないわよ…むろん本気で言おうとも思わないけどね」

白鳥鈴音「このころの日本人はアジア的優しさにあふれていたんだね」

神楽「そ、それはさすがにちょっと意味が違うだろ」

上原都「少なくとも、公用語としての日本語を教育普及させたけど、朝鮮語を弾圧したというわけではなく、現実を考慮して折衷策をとったってのが今回の結論ね。朝鮮語教育については『斜め上の雲』第21回の解説パートでふれているから、そっちも見てみるといいわね。
 今回は短いので、ついでに朝鮮での警官昇進に関する試験規程も紹介するわね。『任用及試験に関する諸規定』(アジ歴レファレンスコードA05020178100)よ」


朝鮮総督府道警部及道警部補特別任用に関する考試規程
 大正9年12月27日
 朝鮮総督府令第196号

第1条 朝鮮総督府道警部及道警部補特別任用に関する学術試験及実務考査を行ふ為朝鮮総督府及道に考試委員を置く考査委員長は朝鮮総督府警務局長を以て之に充て他の考試委員は各3名以上とし朝鮮総督府警務局及道第三部勤務の高等官の中より朝鮮総督之を命ず
第2条 学術試験は筆記及口述の2種とし筆記試験は実務の成績優良なる者に対し左の科目に就き之を行ふ
 1 憲法行政法の大意
 2 朝鮮刑事令
 3 警察に関する諸法規
 4 会計法規の大意
 5 作文算術(比例百分算迄)
 6 内地人に在りては朝鮮語朝鮮人に在りては国語
 口述試験は筆記試験に合格したる者に対して之を行ふ
第3条 実務成績は左の各■に就き之を考査す
 1 性質素行志操気概体格
 2 姿勢礼式操練服装其の他規律
 3 武術
 4 勤務
 5 書類報告
 6 外国語及内地人に在りては朝鮮語朝鮮人に在りては国語
 7 特種の技能
第4条 学術試験の評点1科目100点を以て満点とし各科目平均60点以上を得たる者を合格とす但し1科目40点未満あるときは不合格とす
第5条 学術試験施行の場所期日及試験施行に関する手続は考試委員長之を定む
第6条 学術試験終了したるときは考試委員長は速に其の成績を朝鮮総督府に報告すべし
第7条 学術試験及実務考査の合格者には別記様式の合格証書を付与すべし







綿貫響「ふうん。地域に密着して住民とじかに接しなきゃいけない警官だからこそ朝鮮語が必要だったのね」

上原都「ま、朝鮮社会の隅々まで監視するためだ!とか、内鮮融和の手段だ!なんて屁理屈はつくかもしれないけどね」

神楽「そ、それはさすがに無理なんじゃないか?」

白鳥鈴音「けどさ、朝鮮での生活・仕事でも必要なわけだし、手当もつくんだし、嫌々勉強したってことはないとおもうよ」

上原都「そうね。実利と利便性の動機付けはあったでしょうね。そういえば台湾総督府でも日本人(内地人)官吏は台湾語の習得について似たような政策をとっていたわね」

綿貫響「親切というかバカ丁寧というか、当時の日本人は大汗をかいたものねぇ」

上原都「ええ。ぶっちゃけた話、朝鮮なんて放置しておけばよかったのよ。でもそうなると日本の安全保障に影響すると。朝鮮がちゃんとした自主独立国で堅固であれば、それと同盟を結ぶだけで済んだんでしょうけど」

白鳥鈴音「結局、ジョーカーとわかっていても引かざるを得なかったわけだね」

上原都「朝鮮を取ったところでいいことはないけど、他者に取られると困る、ってところよ。ほら『鶏肋』ってやつに似ているわね」

神楽「確かに百済や高句麗といった古代に栄光のタネを使い尽くしたダシガラみたいなもんだな」


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