あずまんが嫌論文 5




ベッキー:レベッカ宮本「今回は蘇鎮轍をとりあげるぞ」

芹沢茜「あれ?蘇鎮轍って前にもやらなかったか?」

美浜ちよ「はい。『金石文に見る百済武寧王の世界』ですね。じつはそれの増補改訂版が出たのでもう一回とりあげるんですよ」

『百済武寧王の世界 海洋大国大百済』蘇鎮轍 彩流社



よみ:水原暦「すごいタイトルですね」

桃瀬くるみ「海洋大国って何よ?大百済って言ってもねー(失笑)」

芹沢茜「とりあえず見ていこうぜ」










美浜ちよ「百済が支那大陸の遼西(遼寧省西部 遼河以西の地域)を領有統治していたという主張です」

ベッキー:レベッカ宮本「まず、ここに登場した史書の記述を確認するぞ。三つとも南朝の史書だ。ただし『梁職貢図』については後回しで」

『宋書』巻97 列伝57 夷蛮 東夷 百済国「百済略有遼西。百済所治、謂之晋平郡晋平県」
『梁書』巻54 列伝48 諸夷 東夷 百済「晋世句驪既略有遼東、百済亦拠有遼西・晋平二郡地矣、自置百済郡」
『南史』巻79 列伝69 夷貊 東夷 百済「晋世句驪既略有遼東、百済亦拠有遼西・晋平二郡地矣、自置百済郡」

よみ:水原暦「あれ?蘇は『南史』じゃなくて『南斉書』と書いていますけど?」

ベッキー:レベッカ宮本「それは蘇のまちがいだ。別の箇所では『南書』とも書いているし、いい加減にもほどがある」

美浜ちよ「少々の字句の同異くらいなら、校正ミスや底本の違いということで理解はできるのですが、書名が2回も間違っているのはちょっとどうかと思ってしまいます」

桃瀬くるみ「それにしても、三つともほぼ同じ文章よね。まるでコピーしたみたい」

ベッキー:レベッカ宮本「そうだぞ。コピーだぞ。前王朝の史書を編纂するとき、その対象について、先行史書が編纂された時点から更新された情報がなかったり、訂正すべき箇所がなければ、踏襲してそのまま写すんだ」

芹沢茜「アップしたニュース・ネタの続報が入ってこなきゃ更新しないサイトの情報をコピペしたみたいなもんだな」

よみ:水原暦「それで、これらの記述をすなおに読む限り、百済は遼西を領有したように見えるのですが」

美浜ちよ「そこで、百済側の『三国史記 百済本紀』と『晋書』や北朝側の『魏書』『周書』などを見ますと、これらに該当する記述はないのですよ」

桃瀬くるみ「蘇じしんも『遼西・晋平郡に百済郡を設置したという記事は不幸にも北朝系史書では見出し難い』って書いてるわね。『不幸にも』って、まるで運が悪いような言い方じゃない」

ベッキー:レベッカ宮本「つまり、百済の遼西領有説は、それを担保すべき記述が当事者たるべき百済と北朝双方の史書に存在せず、立証のできないものだということだ」

美浜ちよ「さらに言いますと、百済の遼西統治をうかがわせるような遺跡・遺物の出土といった考古学的な発見もされていません」










芹沢茜「……じぶんが引用している資料に『犂の先を指す壮族の言葉。地形が犂の先に似ていることに由来』って書いてるじゃねーか」

桃瀬くるみ「得意の自爆よ、ジ・バ・ク♪」

美浜ちよ「それを否定するために、中国の歪曲とか根拠のないことを言っているのですよ」

よみ:水原暦「たしかに根拠も何もないな」

ベッキー:レベッカ宮本「別の箇所では、壮族は『大百済』を現代韓国語の発音で言っているとか書いているが、『DaejBakcae(壮族語)』と『DaeBaekje(韓国語)』が同じなのか?というか、漢字の音読みじたいはある程度共通性があって当たり前だろと」

芹沢茜「…しかし、言語這新って何なんだよ?誤字にもほどがあるぜ」








ベッキー:レベッカ宮本「この『檐魯』ってやつは大百済の実在を示す証左だとして、韓国のテレビ番組でも大きく取り上げられているんだ。たしかKBSのスペシャル番組だったな」

よみ:水原暦「KBSといえば、NHKにあたる公共放送ですよね。どんな内容ですか?」

美浜ちよ「『韓vs日「偽史ワールド」』(水野俊平 小学館)によると、1996年9月15日に放映された日曜スペシャル「続武寧王陵、忘れた地―百済22檐魯の秘密」という番組だそうです。日本の九州・畿内には檐魯が設置され百済が統治していたというものですね。その中で淡路島や熊本の玉名は檐魯に由来する地名だとかいう内容もあったそうです」

桃瀬くるみ「ちょっと待って。だいたい『檐魯』って何なの?」

芹沢茜「読み方すらわかんねー」

美浜ちよ「檐魯は梁書百済伝に『謂邑曰檐魯如中国之言郡県也』とありまして、百済の地方行政単位で王子や王族が派遣され統治したということです」

ベッキー:レベッカ宮本「読み方はいちおう『タムロ』だ」

桃瀬くるみ「え?『いちおう』ってどういうこと?」

ベッキー:レベッカ宮本「…なぜか韓国のインターネット上では、ここの史料についてほとんどのサイトが木偏の『魯』ではなく手偏の『魯』と表記しているんだ」

よみ:水原暦「え?(韓国の漢字字典を見て)『檐』も『擔』も同音「담(タム)」ですし、問題とは思えませんが」



첨(チョム) 염(ヨム) 담(タム)
※字典の凡例によると「○本」は本来の音(本音)を指す。ここでは本音は염(ヨム)としている

凡例

赤枠部分:본음(本音)은 쓰이지 않고 관용음(慣用音)만 쓰일 경우, 관용음을 앞 세우되 본음 앞에 ■의 약호로 표시하였다.
訳:本音は使われないで慣用音だけが使われる場合、慣用音を先に立てたが、本音の前に「○本」の略号で表示した。

擔(担)

담(タム)

参照した字典は『東亜百年玉篇(第2版)』(斗山東亜 史書編集局)

美浜ちよ「現代の韓国音ではそうなんですが、梁書の書かれた時代の支那音はどうだったかというのが問題なんですよ」

桃瀬くるみ「それで、エンコリのサドゥことyonakiさんが調べてみたのね」

■Damuro
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=81710&st=writer_id&sw=yonaki

よみ:水原暦「『檐』は通常yen/yanなど『エン』系統、『擔』は通常tan/tangなど『タン』系統の読みになるのか」

美浜ちよ「はい。それで普通に読むと『檐』と『擔』は音が通じないのです。じつは、『檐』には「擔」に通じるとして「タン」系統で読ませる例は存在はするんですが、『集韻』や『広韻』を見るかぎりそれは特殊な用例であって、その読みが梁書に採用されたとは考えにくいんですよ」

ベッキー:レベッカ宮本「つまり、梁書の当該記述の元ネタになる記述を書いた人間が、百済語の発音を聞いて、どう聞き取ってどういう字をあてたかというのが重要なんだ」

桃瀬くるみ「そこで、その人が聞き取った音に対してあてた表記が『擔魯』ではなく『檐魯』だったってことよね」

芹沢茜「そっか。現代の韓国語音で『檐』と『擔』は同音の「담로(タムロ)」と読めるから問題は無いなんて言っても基本的に無意味なんだな」

美浜ちよ「そういうことです。もはや「담로(タムロ)」と読むことすら怪しいのですよ。上にあげた字典でも本来の音は「염(ヨム)」だと書いていますし、「염로(ヨムロ)」と読んだほうがいいんじゃないでしょうか」

ベッキー:レベッカ宮本「『염(ヨム)』は当該記述が書かれた時代の音である『yen/yan(エン)』を継承していると考えられるからな。それと、作者はyonakiさんがおっしゃっているように、梁書からインターネットや他の書籍に当該記述を写す際、誰がどのような根拠を以て『檐』ではなく『擔』と表記するように考え決定したのかを知りたいそうだ」

桃瀬くるみ「漢字を捨てたせいで、音・区別もつかないんでしょ。どーせあのバカ民族どもが」

ベッキー:レベッカ宮本「その可能性は排除し難いがな…で、蘇鎮轍の言説に戻ると『梁職貢図』にはその『檐魯』は中国の郡県と同じくらいの大きさだから、それが22個もあったってことは、百済は膨大な領土があったということなんだろう」

よみ:水原暦「そりゃ、中国の郡県と同じくらいの大きさなら、朝鮮半島内の百済の領域だけじゃ足りなくなるよな。必然的に百済は朝鮮半島内だけでなく海外にも領土があったということに発展するか…」

芹沢茜「なぁ、その『梁職貢図』には本当にそんなことが書いてあるのか?いや、それ以前に『りょうしょくこうず』って何なんだ?」

美浜ちよ「はい。『梁職貢図』は、中国南朝の梁の武帝の時代に、梁に来た外国使臣たちの姿を描いて説明文をつけたものです。もっとも、原本は現存せず一部の模写だけが残っています」

ベッキー:レベッカ宮本「そこに百済の使者の絵と説明文もあるってわけだ。説明文中の『檐魯』に関する部分はこれだ」

謂邑檐魯於中国郡県有二十二檐魯

美浜ちよ「すなおに読めば『ムラを中国における郡県として檐魯とよぶ。22個の檐魯がある』くらいのことですね」

よみ:水原暦「?梁書百済伝の『謂邑曰檐魯如中国之言郡県也』と変わらないなぁ」

桃瀬くるみ「檐魯は中国の郡県と同じく地方統治単位の呼称であるという制度上の説明にしか見えないわよ。大きさについてなんて書いてないじゃないの!」

芹沢茜「…『書いていないことが読み取れて、書いてあることを読めないor読まない』っていうあいつら特有の悪癖じゃないかよ」

ベッキー:レベッカ宮本「韓国の歴史学なんてこの類のものが多すぎるんだよなぁ。ま、李泰鎮が『碩学』とされ続けているくらいだし」


>>トップ

>>次回

<<前回