昭和21年度 密航朝鮮人取締について 2



上原都「今回は、アジア歴史資料センターの『密航朝鮮人取締に要する経費(レファレンスコードA05020307700)』を取上げるわ」

白鳥鈴音「あれー?前にもやらなかったっけ?」

綿貫響「たしか、『昭和21年度密航朝鮮人取締に要する経費追加予算要求書(レファレンスコードA05020306500)』だったわよね」

上原都「別物よ。あっちは昭和21年4月21日付けの予算要求だけど、こっちは昭和21年の7・8月ごろの予算追加要求なの。さっそく見ていくわね」

白鳥鈴音「?ねぇねぇ、アジ歴だと表題が『出航朝鮮人取締に要する経費』ってなっているよ」

神楽「あ、ほんとだ」

上原都「アジ歴特有の錯誤よ。たしかに表題のところは画像のかすれ具合で『出』と読めないことも無いけど、文書画像全体を仔細にチェックすれば『密航』が正しいとわかるはずよね」

綿貫響「作成者は考える力が無いの?それとも日本語が不自由なの?」

上原都「…両方でしょうね。せめて日本語がまともな人間が最終的にきちんとチェックすればいいのにねぇ。何の字か分からないなら『@』で埋めておけばそれなりに誠実なんだけど」

白鳥鈴音「その錯誤をネタにしたのが獄長の『不定期アジ歴ニュース』なんだよね♪」

★不定期アジ歴ニュース −第1号−
★不定期アジ歴ニュース −第2号−
★不定期アジ歴ニュース −第3号−
★不定期アジ歴ニュース −第4号−

神楽「…アジ歴の中の人ってほんとうに日本人なのか?」

上原都「さ、本題に行くわよ。まずは経費総額」

昭和21年度追加予算要求書(決定)
一、密航朝鮮人取締に要する経費
金額 摘要
臨時部      
一般費   9,149,000  
  臨時諸要務費 9,149,000 算出内訳別紙の通

上原都「次が予算要求の理由ね」

事由
密航朝鮮人の取締に関しては曩に本年四月頃の状況を基礎として差当り六ヶ月分の追加予算を計上して■■が其の後密入国者の数は逐月激増し七月中に於て既に一万名に達し八月中に於ては一万五千名を突破する見込である而も其の中には「コレラ」患者仝保菌者が相当数混入して居り又密貿易を企てる者が続出する等治安上乃至防疫上極めて憂慮すべき状態となって来たので北九州及中国の関係県をして緊急にこれらの取締を徹底強化させる必要がある仍ってこの経費を要する。

白鳥鈴音「『■■が』ってなに?」

上原都「画像のかすれ具合で字を特定できないからよ」

神楽「え?アジ歴の詳細情報の内容では『差当り』って書いているぜ」

上原都「それ、どうも怪しいのよ。アジ歴にアクセスして当該画像を300%まで拡大してよく見て。そこの部分3文字は二つの字が重なっているでしょ」

綿貫響「…そうね。『差當り』と何か別の字があるわね」

上原都「じゃ、次はその下を見て。『六ヶ月』とあるでしょ。さらにその『六』の左横には『数』という字が見えるわね」

神楽「ほんとだ。はっきり見える」

綿貫響「その左横にも『於て』『「コレラ』ってあるわ。右横には『締■関』かしら?」

上原都「ええ。ここの字の配置(下図赤枠)を覚えておいて。そこでいったん目を上部に持っていくと字の配置がそのまま同じ箇所(下図青枠)があるでしょ」

神楽「えーっと…あ、あった」


上原都「つまりその部分が文書下部に写っているだけと作者は見るの。そういうわけで『差當り』は間違いだと。さらにいえば『差當り』だと文章的なつながりもおかしいしね。作者は『居たが』という字だとは考えているけどとりあえず『■■が』に留めたの」

綿貫響「そのへんもアジ歴特有の錯誤なのかしらね。で、事由を読むと朝鮮からの密航者が増えたってことね」

上原都「ええ。GHQ編纂の「History of the nonmilitary activities of the occupation of Japan 1945-1951」15巻によればこんな感じ」

逮捕された密入国者数(1946年6月から12月)
朝鮮人 台湾人 中国人 沖縄人 合計
6月 1,344 0 0 0 1,344
7月 9,580 14 0 0 9,594
8月 7,990 36 1 14 8,041
9月 501 3 1 0 505
10月 254 15 0 26 295
11月 193 146 27 40 406
12月 179 14 6 0 199
合計 20,041 228 35 80 20,384

神楽「7月と8月が多いなぁ」

綿貫響「事由に書いてあるように、朝鮮でコレラが発生したから日本に避難してきたのかしら」

白鳥鈴音「でもさ、それってコレラ菌も一緒に運んでくる可能性があるよね」

上原都「そういうこと。だからSCAPINのほうでもこういうのが出ているわ」

SCAPIN1015 Suppression of Illegal Enrty into Japan 日本への不法入国の阻止

綿貫響「ただの密入国だけならともかく、コレラ菌の持ち込みは遠慮願いたいわね」

上原都「そういうわけで、合法的な朝鮮・日本間の送還引揚に関してもコレラ流入防止のための対策を採るようにSCAPINが出ているわ」

SCAPIN1074 Prevention of Introduction of Cholera into Japan 日本へのコレラ流入の阻止

白鳥鈴音「次は経費内訳だね」

密航朝鮮人取締に要する経費内訳
区分 金額 摘要
臨時部    
一般費   算出内訳別紙の通
臨時諸要務費 9,149,000
 諸給与 2,912,200
 内国旅費
 (特殊)
46,000
 給与 2,866,200
 監視哨員
 手当
1,987,200
 収容所補助員
 手当
480,000
 船員手当 399,000
事務費 6,182,800  
雑費
(特殊)
6,182,800  
 監視哨舎
 借上費
391,800 内訳別紙
 密航者収容所
 建設費
1,000,000  〃
 密航者収容所
 借上改造費
347,400  〃
 密航者
 諸費
2,997,000  〃
 監視船艇
 借上費
1,000,000  〃
 輸送用自動
 車借上費
1,000,000 1台1回250円とし3554台分
交際費 54,000 1庁1■当1,000円宛6ヶ月分

綿貫響「収容者の賄いや警備員・監視員の人件費、収容所の費用や監視所・監視船艇の費用とか、けっこういろいろかかるのね」

上原都「そうね。次は旅費よ。本省所要額は内務省から地方自治体への出張にかかる経費、地方庁旅費は地方自治体から内務省や県内の監視所などの現場への出張にかかる経費よ」

 内国旅費内訳
区分 所要額 既定予算額 差引要求額 備考
本省分
10,200

4,400

5,800
内訳表の通り

  内訳
 (1)本省所要額内訳
区分 延回数 一回金額 所要額 摘要
二級官 3
1,400

4,200
重要県6県(県名備考)に3回、其の他の県へ2回監督指導の為出張
三級官 5 1,200 6,000 重要県に6回其の他の県に3回連絡指導の為出張
8 2,600 10,200  
  備考 重要県とは長崎、佐賀、福岡、山口、島根、鳥取の6県を其の他の県とは熊本、鹿児島、宮崎の3県を謂ふ(以下之に同じ)


 地方庁旅費内訳
府県名 上京旅費 県内旅費 所要総額 摘要
警視1回当金額 警部及警部補同上 所要額 警視1回当金額 警部及警部補同上 所要額
長崎 846 761 4,651 100 80 3,000 7,651 (1)上京旅費は8日間に警視1回警部2回警部補3回とし各1回の旅費算出は旅費規定による
(2)県内旅費は警視8ヶ月間に6回警部12回警部補18回とし各1回の旅費算出基礎は県庁よりの最長距離の監視哨と最短距離のそれとの平均金額とす
佐賀 812 737 4,497 88 68 2,568 7,065
福岡 792 717 4,377 134 114 4,224 8,601
山口 742 667 4,077 118 98 3,640 7,717
島根 738 603 3,753 115 96 3,555 7,308
鳥取 634 559 3,429 95 75 2,820 6,249
熊本 902 817 4,987 114 94 3,504 8,491
鹿児島 964 869 5,309 106 87 3,231 8,540
宮崎 954 859 5,249 99 79 2,965 8,214
7,384 6,589 20,562 969 791 15,306 35,868

綿貫響「へー、県内旅費の出し方って、県庁から最長距離にある監視哨と最短距離の監視哨との距離の平均で算出するのね」

上原都「官公庁の旅費算定としてはおもしろい方法かもね。次は人件費」

(二)給与内訳
(1)監視哨員手当
府県名 監視哨数 所要監視人員 1ヵ月所要額 6ヶ月所要額 摘要
長崎 57 342 684 4,104 (1)監視哨員の配置は1ヶ所6名宛(2交替)とし密航者の発見通報に当らせる
(2)手当1人月200円
佐賀 38 228 456 2,736
福岡 45 270 540 3,240
山口 47 282 564 3,384
島根 41 246 492 2,952
鳥取 24 144 288 1,728
熊本 10 60 120 720
鹿児島 9 54 108 648
宮崎 5 30 60 360
276 1,654 3,312 19,872

(2)収容所補助員手当
府県名 収容所数 仝上収容所■人員計 所要補助員数 1ヶ月所要額 8ヶ月所要額 摘要
長崎 3 2,100 105 21,000 126,000 (1)警察官吏の補助として収容所の監視を補助させる
(2)1人当月200円とす
(3)配置人員は収容人員20名に付き2名の割とす
佐賀 2 600 30 6,000 36,000
福岡 4 2,400 120 24,000 144,000
山口 4 2,700 135 27,000 162,000
島根 2 120 6 1,200 7,200
鳥取 1 80 4 800 4,800
16 8,000 400 80,000 480,000

(3)船員手当
府県名 船艇整備数 1ヶ月所要額 6ヶ月所要額 摘要
長崎 10 35,000 210,000 (1)舟艇1隻の船員手当3,500円とす
(2)船長1、機関長1、水夫5、計7名乗船する
佐賀 3 10,500 63,000
福岡 3 10,500 63,000
山口 2 7,000 42,000
島根 1 3,500 21,000
       
19 96,500 399,000

神楽「収容所や監視哨の人員だけでなく、収容所補助員とか監視船の船員とか、いろんな人間が必要になるんだなぁ」

綿貫響「人件費って意外とかかるのよね。で、次は収容所関係かな」

密航者収容所建設費
府県名 収容所建設数 同上建坪総数 所要額 摘要
長崎       (1)所要額は坪当り
佐賀       100円とす
福岡 1 1,000 1,000,000 (2)建坪は事務室便
山口       所等を含め収容人
島根       員1人に付1坪とす
鳥取        
熊本        
鹿児島        
宮崎        
1 1,000 1,000,000  

密航者収容所借上改造費
府県名 借上 改造 所要総額 摘要
借上数 同上坪数 借上費 改造数 同上坪数 改造費
長崎       1 750 150,000 150,000 (1)借上費は1ヶ
佐賀       1 150 15,000 15,000 月坪1円と
福岡 2 200 1,200 1 800 80,000 81,200
山口       1 1,000 100,000 100,000 (2)改造費は1
島根 1 100 600       600 坪当200円
鳥取 1 100 600       600 とす
熊本               (3)1坪2人の
鹿児島              
宮崎                
                 
4 400 2,400 4 6,050 345,000 347,400  

綿貫響「新築するのは福岡だけで、あとは借り上げた施設を改造するみたいね」

白鳥鈴音「どこの建物を改造するんだろ?」

上原都「どうなんでしょうね。大阪では高校の地下室を借り上げて改造するって案があったけど。それについては『戦後朝鮮人の送還』でふれるからここではやらないわ」

綿貫響「ん?改造費が坪あたり200円ってあるけど、計算が合わないわ」

神楽「えーと、長崎は750坪で150,000円だから坪200円だぞ」

綿貫響「でも、佐賀は150坪で15,000円、福岡は800坪で80,000円、山口は1,000坪で100,000円だから坪100円になるわよ」

白鳥鈴音「おー、ほんとだ。どういうことかな?」

上原都「それはね、作者も答えを見出せていないの。長崎だけ特別な事情があって費用がかかる見込みだったのか、長崎以外が安くつく目途が立っていたかとも考えたんだけど、証拠もないし深く突っ込みようも無いのよ」

密航者賄費
府県名 収容所数 7月分逮捕実績 摘要
長崎 3 496 (1)1ケ月約8,000人6ヶ月逮捕予定人員
佐賀 2 1,449 約48,000人とす
福岡 4 1,964 (2)滞留期間1人平均20日間とし
山口 4 3,926 288,000食とし1人1食1円とす
島根 2 191  
鳥取 1 73  
熊本   50  
鹿児島   50  
宮崎   250  
16 8,439  

上原都「食費が1人1食1円というのは、インフレだった当時のことを計算に入れるとどうともいえないわね。昭和20年の時点なら悪くは無い程度だと考えるけど」

監視船艇借上費
府県名 船艇整備数 所要額 摘要
長崎 10 293,000 借上費は月1隻4,900円とす
佐賀 3 88,200 内訳
福岡 3 88,200  (1)借賃3,300円
山口 2 58,800  (2)燃料費414円
島根 1 29,400  (3)修繕其他雑費1,120円
鳥取     計 4,834円
      (便宜上4,900円として算出)
19 558,000  

神楽「最後は船艇借上げ費か」

綿貫響「民間所有船を借り上げるってことになるとおもうんだけど、自前の船はないの?」

上原都「たぶん用意できなかったんでしょうね。海軍船艇はもう無いし、民間から借り上げるかGHQから貸与されるかしかなかったんじゃない?翌年の話になるけど、GHQに監視船艇の貸与を要請して受諾されるというSCAPINが出ているわ」

SCAPIN1622 Utilization of SCS's and PCS's as Police PatroI Boats 警察警備艇として駆潜艇及び巡視艇の使用

綿貫響「補助駆潜艇28隻と補助巡視艇10隻か」

上原都「どうやらもともと日本海軍の船艇で接収されていたものらしいけどね。このほかにも日本海軍の100トン以上の船艇で武装解除されたものが返還されて哨戒任務に従事したみたい。
 あまり盛り上がらなかったけれど、今回はこれでおしまいね」

白鳥鈴音「最後に画像を列挙しておくね」

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