「昭和21年度第2予備金支出要求書朝鮮人送還費」について



上原都「今回は「密航朝鮮人取締」の件で史料の取扱いについて指摘批判を受けたことがきっかけになって読むことにした『昭和21年度第2予備金支出要求書朝鮮人送還費』(アジ歴レファレンスコードA05020306400)を取り上げるわ」

白鳥鈴音「これが例の史料の本体なのかー」

綿貫響「内務省警保局の史料なんだって。さらに今回はちょっとした偶然も重なったって聞いたけど?」

上原都「ええ。この史料を読んでいるとき、偶然『獄長』dreamtaleさんから、獄長日記でこのあたりの史料を取り上げるというお話があったの」

神楽「へー、そういう偶然ってあるもんなんだな」

上原都「そういうわけで、獄長日記のエントリーなどとも読み合わせてゆけばおもしろくなるかもしれないわね。じゃ本文に行くわね。テキスト中の旧字は新字に、数字はアラビア数字にあらためたわ」

昭和21年度第二予備金支出要求書 警保局 21、5、17
金額 摘要
一般費     1,967,500 算出内訳別紙の通り
  臨時警察費   1,967,500  
    給与費 58,000  
    事務費 4,400  
    接待費 38,500  
    地方警察費
特別補給
1,866,600  
事由 昭和21年4月9日付連合軍総司令部発帝国政府宛覚書に依って本邦在住の朝鮮人、台湾人、中国人合計約53万人を来る9月30日までに送還するとともに送還朝鮮人に対しては仙崎、博多の両港で通貨交換を行なふことを指令せられ既に一部実施中であるが終戦直後の華、鮮、台人送還の経験に鑑み今回も警備上の事故の頻発が予想されるので其の警備を完全にする必要がある
仍て此の経費を必要とする

神楽「送還についてどんな経験があったんだ?」

綿貫響「よっぽど混乱や事故があったのかしら?」

上原都「終戦後すぐに始まった引揚事業は昭和20年12月末日でいったん打ち切られているんだけど、このあたりのことと関係があるのかもしれないわね」

獄長日記 朝鮮人集団移入労務者の帰国(二)

さて、そんなわけで今日もアジア歴史資料センターの『内鮮関係通牒書類編冊(レファレンスコード:A06030086000)』のテキスト起こしを。
今日は10ページ目からになるんですが、誰が誰に出した何日付けのもので、何で長野県の用紙なのか全く不明なので、割愛。
前回の1945年(昭和20年)9月1日付『警保局保発甲第3号』に沿わずに無統制に解雇して、解雇された朝鮮人が大挙として博多・下関に殺到して飲食にも窮する等、主旨が徹底されていない旨が書かれており、面白い史料ではあるんですが。


神楽「可能性はありそうだな」

上原都「ま、過去にトラブルがあったので、今回はじゅうぶんな対策を採らなきゃ、ってことよね」

朝鮮人等の送還警備に要する経費内訳
区分 金額(5月半分) 備考
臨時部  
一般費 1,967,500  
臨時警察費 1,967,500  
諸給与 58,000  
内国旅費
特殊
58,000 内訳別紙の通り
事務費 4,400  
雑費
特殊
4,400 仝右
接待費 38,500 仝右
地方警察費
特別補給
1,866,600  
朝鮮人等送還
警備費補助
1,866,600  
警察官旅費 1,751,640 内訳別紙の通り
雑費 114,960 仝右

(一)内国旅費内訳
区分 所要額 既定予算額 差引要求額 備考
本省
21,200

6,400

14,800
 
北方庁 57,000 13,800 43,200  
78,200 20,200 58,000  

 (イ)本省所要額内訳
区分 回数 1回金額 所要額 摘要
一、二級官 12 600
7,200
重要庁府県に対し送還期間を通じ各1回事務打合の為出張但し山口、福岡は各2回とす
三、四級官 28 500
14,000
山口、福岡両県を通じ常時1名交代にて駐在、其の他の重要庁府県は各2回宛事務打合の為出張
40  
21,200
 
備考 送還鮮人1万以上の庁府県(11庁府県)を重要庁府県とす(別表参照)

 (ロ)地方庁所要額内訳
区分 回数 1回金額 所要額 摘要
重要庁府県
11庁分
220
100

2,200
 
1庁当内訳 20 100 20,000 二、三級官仝一単価(5人宛4回)
其の他の府県 350 100 35,000  
1庁当内訳 10 100 1,000 二、三級官仝一単価(5人宛2回)
570 100 57,000  

白鳥鈴音「お役所の文書って細かいんだねー」

上原都「ええ。きちんと各費目について支出予定額を算出するのは当然でしょ」

綿貫響「いい加減な理由付けで実施案や支出要求はできないってことね。でも支出要求額の算定基礎になるデータ数字って見込みなんでしょ?」

上原都「当然そうよ。あくまでも支出要求書だから。だけど、その支出理由自体については、ちゃんとした理由付けがないといけないしね」

神楽「ここから下は『参考』って書いてあるけど、何なの?」

上原都「昭和21年度の当初予算で計上した旅費の内訳ね。当初予算では賄えない事態になったから、あらためて支出要求をするというのがこの文書の目的だから、当初予算についての文書を付しておかないといけないの」

(参考)昭和21年度当初予算計上旅費内訳
事項 本省 地方庁 備考
朝鮮人等送還警備事務(送還事務打合及特別巡回指導)
6,400

13,800

20,200
 

上原都「参考はここまで。じゃ、支出要求の費目など内訳についてさーっと並べていくわよ」

(二)雑費内訳
区分 1ヶ月所要額 5ヶ月半所要額 備考
事務所借上費
300

1,650
下関に1ヶ所借上本省員1名常駐
事務所連絡費
200

1,100
通信、運搬費等
臨時人雇上費
200

1,100
1人雇上
其の他雑費
100

550
薪炭、光熱費其の他

800

4,400
 

(三)接待費内訳
区分 所要額 備考
本省
4,500
聯合軍関係者接待用(内訳左の通り)
地方庁 34,000   〃
38,500  

 (イ)本省、地方庁所要額内訳
区分 人員 1人金額 所要額 備考
本省
 30

150

4,500
1回人員15人(聯合軍8人、内務省7人2回分)
地方庁
340
100 34,000  
山口県、福岡県
160
100 16,000 1県4回1回20人2県分160人
其の他 重要庁府県
180
100 18,000 1県1回1回20人9庁分180人
    38,500  

(四)送還警備費補給内訳
 (イ)警備警察官旅費
区分 人員 1人平均
所要額
所要額 摘要
送還列車乗込分 延5,140 1日 円
300
1,542,000 1列車10人宛514列車分
通貨交換所配置分 延34,600 1日 円
5
173,000 仙崎1日100人、博多1日300人、計400人(交換人員10人に付1人の割2交代勤務)130日分延52,000人の3分の2
鉄道駅配置分 延7,328 1日 円
5
36,640 重要庁府県の送出駅警備員10,993人(送出人員100人に付1人別表参照の3分の2)
    1,751,640  

備考 重要庁府県送出鉄度駅警備員配置表
庁府県名 送出人員 警備員数 摘要
警視庁 101,568 1,015 関東、東北、信越方面鮮人を集結送出
神奈川 21,751 217 自県鮮人を集結送出
福岡 385,000 3,850 毎日3,000人宛朝鮮向送出
岐阜 12,997 129 自県鮮人を集結送出
愛知 103,804 1,038 東海、北陸方面鮮人を集結送出
京都 40,246 402 自県鮮人を集結送出
大阪 217,064 2,170 近畿方面鮮人を集結送出
兵庫 52,052 520 自県鮮人を集結送出
岡山 16,362 163  〃
広島 19,922 199  〃
山口 129,000 1,290 毎日1,000人宛朝鮮向送出
延1,099,766 10,993  

 (ロ)雑費
区分 人員 1人金額
1回金額
所要額 備考
通貨交換所警備打合会費 延4回 540 2,160 山口、福岡両県
自動車雇上費 48台 100 4,800 警備員輸送用自動車
警視庁、愛知、大阪、山口、福岡 30台 100 3,000 1庁6台宛
其の他重要庁府県(6庁) 18台 100 1,800 1庁3台宛
医療弔祭費 延92人 1,000 92,000 推定1庁平均2人、46庁分
雑費     16,000 新聞広告其の他
重要府庁件 11庁 500 5,500  
其の他府県 35庁 500 10,500  
    114,960  

白鳥鈴音「ひたすら流すだけってのも疲れるね」

神楽「うん。少し休憩しようぜ」

上原都「何を言っているの。ここからがおもしろくなるところよ」

綿貫響 白鳥鈴音 神楽「どういうこと?」

上原都「この送還計画で送還対象となる朝鮮人・台湾人・中国人の人数について各都道府県別・総数が書かれているのよ」

綿貫響「つまり、当時日本の内地にどれだけの朝鮮人・台湾人・中国人が存在していたかについてわかるってことね」

上原都「正確には、送還を希望すると登録して、日本政府が把握しているものだけなんでしょうけどね。さ、いくわよ」

朝鮮人等の送還者数
府県別/国籍別 朝鮮人 中国人 台湾人 ブロック別
朝鮮人 中国人 台湾人
北海道 2,232 41 38 2,311 2,232 41 38 2,311
青森 924 14 41 979 東北ブロック
岩手 1,982 21 61 2,064
宮城 3,909 47 46 4,002
秋田 2,231 16 61 2,308
山形 1,782 6 78 1,866
福島 4,940 23 33 4,996 18,000 168 358 18,526
茨城 5,949 28 44 6,021 神奈川ブロック
栃木 3,349   22 3,371
群馬 3,478 36 72 3,586
埼玉 6,010 7 131 6,148
千葉 9,662 146 113 9,921
東京 24,695 291 4,050 29,036
神奈川 21,751 324 568 22,643 74,894 832 5,000 80,726
新潟 1,656 13 54 1,723 北陸、東山、東海ブロック
富山 3,788 1 12 3,801
石川 5,162 59 12 5,233
福井 8,297   10 8,307
山梨 2,727 34 45 2,806
長野 7,402 45 78 7,525
岐阜 12,997 17 41 13,055
静岡 6,909 36 58 7,003
愛知 44,619 49 177 44,845
三重 9,424 17 25 9,506 102,981 271 552 103,804
滋賀 8,968 12 6 8,986 近畿ブロック
京都 40,246 112 426 40,784
大阪 95,149 283 2,409 97,841
兵庫 52,052 350 2,938 55,340
奈良 6,171 9 22 6,202
和歌山 7,805 18 88 7,911 210,391 784 5,889 217,064
鳥取 3,315   6 3,321 中国、四国ブロック
島根 8,123 13 48 8,184
岡山 16,362 21 96 16,479
広島 19,922 8 102 20,032
山口 17,596 9 70 17,675
徳島 743   18 761
香川 1,198 39 33 1,270
愛媛 4,368 20 26 4,414
高知 823   6 829 72,450 110 405 72,965
福岡 18,413 59 226 18,698 九州ブロック
佐賀 1,301 8 11 1,320
長崎 4,516 27 77 4,620
熊本 1,678 6 38 1,722
大分 4,066 36 56 4,158
宮崎 1,458   16 1,474
鹿児島 435 23 19 477 31,867 159 443 32,469
司法省 3,373 48 131 3,552 3,373 48 131 3,552
合計 513,956 2,372 12,778 529,106 513,956 2,372 12,778 529,106

神楽「これで全部?沖縄県が抜けているわぜ」

上原都「沖縄はね、沖縄戦集結による米軍占領後、1972年に日本へ返還されるまでは軍政など米軍統治下にあったからカウントされないの」

綿貫響「朝鮮人が一番多いのは大阪ね。18.5%を占めているわ」

白鳥鈴音「さすが大阪民国だね」

神楽「その次が兵庫で、愛知、京都と続いているけど、この4府県は飛びぬけているな」

上原都「司法省ってのいうのも気になるけどね。さて、次は彼らの不法行為についてなんだけど…」

朝鮮人等の不法行為の月別発生状況
月別 件数 参加人員
8 5 371
9 19 4,063
10 26 2,633
11 36 2,288
12 42 2,533
1 51 3,043
2 68 4,353
3 113 5,089
4 245 4,433

白鳥鈴音「んー、すごいのかどうなのかよくわからないよ」

綿貫響「っていうかさ、何の註釈も無く、ただ表だけがある状態でしょ。これだけじゃ何も分からないのと同然でしょ」

上原都「そういうこと。この表だけを以て何かを主張することはできないわね。どこかから参考資料として持ってきて付しているものだとは思うんだけど」

神楽「なるほど。取扱いには注意しなきゃいけないところだな」

上原都「ええ、できればこれらが本来収録されているはずの本史料を確認したいわね。さ、次はもうちょっと具体的な表よ」

鉄道輸送に於ける3月25日以降の朝鮮人等の不法行為の類別並に件数、参加人員
区分 類別 件数 参加人員
無賃乗車並不正乗車 36 288
米穀等の闇の買出行為 48 436
保安隊員等の警察権類似行為 3 30
集団的買出部隊 8 250
集団的乗車券購入強要 7 68
取締警察官に対する暴行 6 147
鉄道駅員に対する暴行 8 96
悪質なる闇ブローカ 2 15
窃盗 2 2
一〇 其の他違反行為 3 20
123 1,352
備考 4月25日迄に本省に到着せるものによる

神楽「これは分かりやすいな」

白鳥鈴音「無賃乗車や不正乗車、集団的乗車券購入強要、窃盗というのはわかるけど、米穀の闇の買出って何?」

上原都「当時は配給制度による統制経済だったでしょ。米穀についても食糧管理法(食管法)によって自由な売買は禁止されていたのよ…食管法は1995年まであったんだけど、もう知らない人のほうが多いでしょうね。で、配給制度の管理をかいくぐって米の闇購入をやったり、闇で買った米を闇で売りさばいて一儲けしようってことよ」

綿貫響「保安隊員等の警察権類似行為って、どういうこと?」

上原都「保安隊というのはね、戦後、朝鮮・台湾・中国人たちが自衛や共助のために結成していた団体ね。それが敗戦国日本の警察権の麻痺に乗じて、勝手に民間人を「逮捕」したり物資を「没収」するといった警察権に相当する行為をしていたってこと」

白鳥鈴音「ようするに、好き勝手に「暴虐」をしていたってことだね」

上原都「じゃ、次は、そういう鉄道で起きた事件について警察官の被害例よ」

警察官に対する暴行、傷害
府県名 月日 場所 受傷者指名 負傷程度 概要
東京 4、3
后8時
東京駅5番ホーム (防護課員)
小倉巡査
田島巡査
全治3週間 上記日時場所に於て上記2警官は駅取締に従事中不正乗車をした台湾人の集団を取調べたる処数名の暴徒が仝警官の佩剣を抜き後方より突き刺し治療約3週間の重傷を与へた
新潟 3、26
后2時
新津駅20番ホーム (新津署)
高橋巡査部長
塚田巡査
貝瀬 〃
後頭部強打後頭部裂傷(全治20日間)右手親指人差指間創傷(全治15日間) 上記日時場所に於て高橋部長外4名駅取締に従事中米穀を所持せる鮮人3名を取調の為連行中、約40名の鮮人は殺意を帯び、押問答の上腰掛の様なもの振上げ高橋部長の頭部を殴打し塚田巡査等に対しても、5、6名の鮮人が取巻き暴行を加へんとするので抜剣鎮撫せんとしたが鮮人等は飛付き、其刀鞘を奪ひ暴行■
富山 3、29
后9時
石動駅構内 (高岡署)
毛利巡査部長
関巡査
顔面額部打撲切創傷(全治2週間)左脚打撲切創傷(全治1週間) 上記日時場所に於て駅警備取締中の石動署員5名に高岡署員2名は協力して米穀を所持せる鮮人に下車を促した処20名位の鮮人集団は激昂の余り帯革を以て取締官に集団暴行を加へ毛利部長に傷害を与えるに至り情況急迫せるを認めたる河合巡査は自衛上抜刀之を制止したる処朝鮮人1名は腹部穿通傷を負ひ遂に死亡した
備考 外に3月29日、富山県石動駅及滑川駅に於て各1件
     4月9日、東京駅発博多行■■列車内に於て 1件

神楽「『勝者』の位置に立って『敗者』に対峙するときは強いんだなぁ」

白鳥鈴音「集団になると強いんだね」

上原都「クローズアップされがちなのは朝鮮人の行動ばかりだけど、中国人も台湾人もそういう行動をしていたことは忘れないでね。当然、そういう行動に与しない人々もいたけど」

綿貫響「そういえば、蔡焜燦『台湾人と日本精神』では朝鮮人の暴虐と、それに与しなかった台湾人たちの話があったわね」

上原都「ええ。必ずといっていいほど引用されるエピソードだけど、それだけをとって朝鮮人だけが悪行をしていたかのようにミスリードしないでほしいものね」

綿貫響「了解」

上原都「じゃ、あとは流すわよ。今ここで突っ込んでやるより、獄長日記を見つつ読み進めたほうがいいでしょうから」

参考
1946年4月9日附聯合軍最高司令部発
帝国政府宛覚書
AG370.05(9APR46)GC・SCAPIN872
  件名 華人、台湾人、及朝鮮人送還に関する件
1、聯合軍最高司令部発下記覚書に関し
 a、1946年3月16日附AG370.05(16MAR46)SAママPIN882ママ)
    件名 引揚に関する件
 b、1946年3月16日附AG720.4(9MAR46)PH(SCAPIN806)
    件名 台湾人送還者の検疫及検査に関する件
 c、1946年3月16日附AG370.05(19MAR46)GC(SCAPIN829)
    件名 北鮮に居所を有する朝鮮人の日本からの引揚中止に関する件
2、前掲第一項bは1946年5月5日迄効力を有する所本指令に依り五日以後之を廃止すべし
3、前掲第一項a及cに従ひ朝鮮人、台湾人及華人にして帰国の希望を有し登録をなせるものは下記の如く日本より送還せらるべし
  a、鮮人は1946年9月30日以前
  b、台湾人は1946年5月5日より11日至る1週間内
  c、華人は1946年5月13日以前
4、日本帝国政府は
  a、引揚希望の朝鮮人を4月15日より各日の受入事務所の乗船能力を考慮し手続完了の送還者を以て充満せしむる様下記受入事務所に下記割当にて輸送すべし
受入事務所 1日平均収容力 1日平均乗船能力
仙崎 5,000 1,000
博多 5,000 3,000
   基本指令AG370.05(1946年4月9日)GCSCAPIN872)
1946年4月9日附
    華人、台湾人、朝鮮人引揚に関する件
1946年5月5日より11日の1週間に呉受入事務所より送還せらる引揚希望の台湾人を集合処理及乗船準備すべし毎日の呉受入事務所への到着人員は前記期間内に割当つべし
1946年5月13日迄に下記受入事務所に引揚希望の華人を集合処理及乗船準備すべし
(1)北支方面への送還者は佐世保受入事務所
(2)中支方面への送還者は舞鶴受入事務所
(3)南支方面への送還者は呉受入事務所
d、華人、台湾人及朝鮮人にして日本帝国政府の指示に反し受入事務所への輸送を拒否する者の人名簿を作成すべし併せて之等朝鮮人、華人、台湾人は今回の引揚計画に於て引揚の権利を失ひたるものと見做さるべし

神楽「SCAPINって何なんだ?」

上原都「『Supreme Command for Allied Powers Instruction Note』の略、日本語では『連合軍最高司令部訓令』って訳されるそうだけど。ようは日本を占領統治したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)から日本政府に出された指令のことよ。ここで出ているのはSCAPIN872のようね。原文はここよ」

SCAPIN872 Repatriation of Chinese, Formosans and Koreans 中国人、台湾人及び朝鮮人の送還

SCAPIN876 Repatriation of Chinese, Formosans and Koreans 中国人、台湾人及び朝鮮人の送還

綿貫響「なるほど。送還についてSCAPIN872を出した後に、876によって内容を修正したのね」

上原都「ええ。朝鮮人の送出期限を8月30日から9月30日に延長、仙崎の一日あたりの送出量を1,500人から1,000人に、博多のほうを4,500人から3,000人に下方修正したの。本文で挙げられているのは、その修正を盛り込んだ訳文のようね」

聯合軍最高司令部経情科学部発
東京勤銀「ビル」内 大蔵省宛
  130(1946年3月31日)ESS/FIAPO500
  1946年3月31日附
件名 封鎖資金解除に関する件
1、1946年2月26日附C、L、O第309号
(件名 朝鮮人送還者に対し封鎖資金解除方要請の件)乃ち1946ママ年11月24日附聯合軍最高司令部発(指令AG121.7)(24NOV45)ESS/FI(件名 戦時利得排除及国家経済の改組)封鎖せられたる資金中特に朝鮮人送還者に対し其の特別なる考慮を要請せる件
2、前掲第一項の日本帝国政府宛封鎖資金解除支払に関する覚書に依り朝鮮人引揚者にして他に何等取得し得べき財源を有せざる個人にして尚十日以内に日本より引揚る意思を有し、其の引揚登録をし又は適当なる引揚意思を有する旨表示したる證書に署名を為せるものに対してのみ各人の■■の限度にて封鎖解除支払を為すことを■■■
3、前掲第二項に許可せられたる支払に関しては各個人の封鎖勘定又は其の組織せる■件封鎖勘定より為さるべし
4、朝鮮人引揚者に対する支払は總て1946年3月30日附聯合軍最高司令部発帝国政府宛指令(AG091.31、件名、朝鮮人引揚者に対する通貨交換に関する件)に依り総ての朝鮮人送還者に対し採られたる同様の措置にもとづき制限小切手にて支払はれ右は朝鮮貨弊ママに交換せられ又は聯合軍最高司令官保管勘定に預入れらるべし。交換は日本に於ける乗船港所在の日本銀行支店又は代理店に於てのみ為さるべし

上原都「最初のほうの『件名 引揚に関する件』の『SAPIN882』は『SCAPIN822』の誤記ね。それと『1946年11月24日附聯合軍最高司令部発(指令AG121.7)(24NOV45)ESS/FI(件名 戦時利得排除及国家経済の改組)』は『1945年11月24日附』の間違いね。これはSCAPINの原文にあたって確認したわ」

白鳥鈴音「ねえねえ、『CLO』って何かなぁ?」

上原都「それはこっちを見ておいて」

聯合軍最高司令官總司令部
AG370.05(21、4、22)GCAPO500(SCAPIN892)
昭和21年4月22日
日本帝国政府宛覚書  C、L、O経由
 主題 朝鮮人の引揚
一、聯合軍最高司令官からの覚書を参照のこと
 (イ)綴込番号AG370.05(21、3、16)GC(SCAPIN822)
    昭和21年3月16日附主題「引揚」
 (ロ)綴込番号AG370.05(21、4、9)GC(SCAPIN872)
    昭和21年4月9日附主題「中華民国人、台湾省民及朝鮮人の引揚」
二、上に記した一の(ロ)と(ハ)の条項は履行されて居ない昭和21年4月15日との両日・博多と仙崎とからの出航実績は次に示す通りである
月日 港名 人員
4月15日 博多 344
  仙崎 709
4月16日 博多 無し
  仙崎 394
三、上に記した参照覚書に規定してある送出率に達する能力が日本帝国政府には無いことを考慮して朝鮮人引揚計画を更に■の様に改める
(イ)昭和21年4月25日迄に博多と仙崎の受入事務所に次の送出率を保てる様な数の朝鮮人を送り込むこと
博多 1日 1500
仙崎 1日 500
   基本的指令綴込番号AG370.05(21、4、22)GC(SCAPIN892)
   昭和21年4月22日附主題「朝鮮人の引揚」

四、日本帝国政府は右の送出率を次第に増加させて行き昭和21年5月5日迄に仙崎博多両港が1日3,000名と1,000名の夫々の規定された送出率に各日に達する為に必要な処置をとること、此の送出率は爾後引揚希望者の全朝鮮人が日本から一掃される迄保たねばならない。
        最高司令官代理
            高級副官准将
              ビー、エム、フィッチ

綿貫響「あれ?『一、聯合軍最高司令官からの覚書を参照のこと』の条項って(イ)(ロ)しか記載されてないのに、(ハ)の条項についてっていう記述があるわね」

神楽「それに『二、上に記した一の(ロ)と(ハ)の条項は履行されて居ない昭和21年4月15日との両日・博多と仙崎とからの出航実績は次に示す通りである』ってどういう意味だ?文脈を見ると15・16日を指すとは思うんだけどさ」

上原都「そうね。それじゃSCAPINの原文を確認しましょうか」

SCAPIN892 Repatriation of Koreans

綿貫響「問題の(ハ)はに対応する(c)には『.File AG 370.05(13 May 46)GC, (SCAPIN-876), subject: "Repatriation of Chinese, Formosans and Koreans", dated 13 March 1946.』と書いてあるわ」

上原都「(イ)(ロ)にならって訳してみると『(ハ)綴込番号AG370.05(21、5、13)GC(SCAPIN876)昭和21年5月13日附主題「中華民国人、台湾省民及朝鮮人の引揚」』となるわね」

神楽「さっき触れたSCAPIN872と876のことだな」

白鳥鈴音「神楽ちゃんが出した疑問のところは『2.The provisions of reference1b and 1c above have not been complite with. Actual rates of shipment from Hakata and Senzaki on 15 and 16 April 1946 are shown below:』ってなっているねー」

神楽「ってことは、やっぱり4月15・16日のことを指しているんだな」

上原都「おそらく両方とも文書作成者のミスだとは思うんだけどね。後から修正したり、ミスが発生した旨を書き添えてないのが不思議だわ。それに、先にあげた「SAPIN882」のような誤字錯誤も結構あるし、原文書であるSCAPIN892の左肩に書かれているヘッダの『BASIC:Memo to IJG, (SCAPIN-892), file AG 370.05(22 Apr 46) GC, subject: "Repatriation of Koreans," dated 22 April 1946.』まで本文であるかのように扱って訳しているし、その直後の文を本来(ロ)と扱うべきなのに四としたりしているし、どうも理解に苦しむ点が多いわね。
 そういうわけで、紹介しておいて言うのもどうかとは思うけど、『朝鮮人等の不法行為の月別発生状況』以下は、もうひとつ使いづらい史料のような気もするの。また何かわかったり気づいたら追加修正してゆくけどね」

綿貫響「今回はSCAPIN原文と照合できたからよかったけど、たしかに気になるところかもね。で、本文の趣旨には影響するかどうかわからないけど、調べておく必要はありそうだしね」

上原都「じゃ、今回はこれでおしまい。以下は雑談」

白鳥鈴音「『密航取締』の回で尻尾だけ切り取ってしまったけど、やっと全資料がつながったね」

上原都「ええ。作者は最初めんどくさいと思っていたそうだけど、取り掛かってみるとけっこうおもしろかったそうよ」

綿貫響「画像は下にまとめて上げるけど、アジ歴で確認したほうが見やすいわね」

神楽「それにしても、今回はいつもにもまして解説パートが薄いんじゃねーか?」

上原都「……し、資料集って本来そういうものじゃないかしら?問題は無いわよ!」

綿貫響 白鳥鈴音 神楽「うわっ、開き直ったよ」


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