戦後朝鮮人の送還について 2



上原都「じゃ、早速だけど前回の続きよ。GHQは海外日本人の引揚・日本在住の非日本人の送還を担当する組織を設置するよう指示を出したの。最初は10月15日付SCAPIN142、そして11月1日付SCAPIN224、11月17日付SCAPIN295」

SCAPIN142 非日本人の日本からの送還

SCAPIN224 非日本人の日本からの送還

SCAPIN295 非日本人の日本からの送還

綿貫響「224の『a. 海外から日本に引揚げてくる全ての日本陸海軍人と一般人の受入、処理、世話と撤収を行うため指定港(パラグラフ3aを見よ)地方引揚援護局の設立、組織及び運営をすること』『d.日本政府は一つの機関を通して、供給、税関、輸送、復員、検診及び検疫に関しては、他の政府機関により必要な調整以外の全ての地方引揚援護局の運営統御を行なうこと』ってところね」

白鳥鈴音「英文史料ばっかりだね」

上原都「ま、仕方ないわよ。ここでは、さっきもふれた送還者の優先順位がそのまま踏襲されていることとか、持ち出せる現金は1,000円以内とかいうあたりを押さえておけばいいと思うわ」

SCAPIN224
4.The Japanese Ministry of Welfare will be guided by the following in preparing plans for the flow of repatriates to Reception Centers.

  a.Koreans will be cleared from in the following order:

   (1)Moji - Shimonoseki - Hakata Area.
   (2)Osaka - Kobe Area.
   (3)Remainder of Japan.

  b.Within the areas mentioned in paragraph 4a, above, priority for Koreans will be given, in order to: demobilized soldiers, former forced laborers and other Koreans.

  c.Controls will be established to fix Koreans desiring to return to Korea in their present abodes until they are directed to move under the provisions of this plan.

4.厚生省は以下の計画によって地方引揚援護局に向かう送還者の送出計画の準備を指示される
  a.朝鮮人は以下の地域の順序で一掃されること
    (1)門司−下関−博多地域
    (2)大阪−神戸
    (3)その他の日本
  b.上記パラグラフ4aで言及された地域の朝鮮人には復員軍人、強制労働者及びその他の朝鮮人の順番で優先権が与えられる
  c.この計画の条項に従った移動を指示するまで送還を希望する朝鮮人を現住地に留めることを確立するよう統制すること

SCAPIN142
 f.Currency.

  (1)Reception center commanders will permit non-Japaanese-men triates returning to foreign countries to take with them yen currency in amounts not to exceed \ 1,000.00 per person.

  (2)Reception center commanders will take up against individual receipt yen currency in excess of \ 1,000.00 per individual and all other currencies and such other items as are enumerated in Memorandum, this headquarters, dated 22 September 1945, Subject, "Control over Exports and Imports of Gold, Silver, Securities and Financial Instruments".

f.通貨と有価証券
  (1)地方引揚援護局局長は外国に帰還する非日本人送還者が、1人当たり総計1,000円を上回らない金額の円通貨を持ち出すことを許可する
  (2)地方引揚援護局局長は外国に帰還する非日本人送還者から、預り証と引き換えに、1人当たり1,000円を上回る円通貨、その他全ての通貨、有価証券、そして1945年9月22日付SCAPIN44「金、銀の輸出入と有価証券及び金融証書の管理」で列挙されたその他物品を取り上げる

上原都「この辺の指令に関係のある新聞記事としては、こんなのがあったわね」

1945年11月4日朝日(大阪)
帰鮮は自宅で待機
【AP特電】連合軍最高司令部は三日、日本国内在住の朝鮮人に対して現住地に留まる様布告し、これに従はぬ場合本国送還の儀を非常に遅らされることになると述べてゐる、最高司令部当局では阪神および名古屋地方に多数の朝鮮人が集り、結果運輸の輻湊化、衛生問題等を惹起してゐることを指摘し日本政府に対して責任を持ち、その移動を制限するとともに適当な住宅と食料と医療設備とを提供するやう要請した


上原都「で、けっきょくは一元的な担当組織として厚生省に地方引揚援護局が設立されるの」

綿貫響「?臨時引揚民事務所の発展型みたいなものかな?」

上原都「実際に長期間にわたって引揚・送還についてフルに活動したのはこっちのほうだからね。当然GHQからも設置を指令されているわ」

SCAPIN254 地方引揚援護局

SCAPIN293 日本における地方引揚援護局

上原都「じゃ、引揚援護局の設置について『御署名原本・昭和二十年・勅令第六五一号・地方引揚援護局官制(レファレンスコードA04017775900)』をみるわね」

勅令第651号

朕地方引揚援護局官制を裁可し茲に之を公布せしむ

裕仁 (天皇御璽)

 昭和20年11月22日

 内閣総理大臣男爵 幣原喜重郎
 厚生大臣 芦田均

勅令第651号
 地方引揚援護局官制

第1条 地方引揚援護局は厚生大臣の管理に属し大東亜戦争中の終結に依り内地(樺太、沖縄及千島を除く以下同じ)以外の地域より内地に引揚げたる者及内地より内地以外の地域に引揚ぐる者の応急援護及検疫に関する事務を掌る

第2条 地方引揚援護局に左の職員を置く
  局長
  次長  7人  奏任 内2人を勅任と為すことを得
  援護官
  援護官補

第3条 地方引揚援護局は第1条の事務を行ふに付必要あるときは当該地方に於ける関係各庁に対し共助を求むることを得
第4条 地方引揚援護局長は当該地方引揚援護局を置く地を管轄する地方長官を以て之に充つ厚生大臣の命を承く局務を掌理す
地方引揚援護局次長は地方引揚援護局長を佐く局務を掌理す
援護官は厚生部内高等官を以て之に充つ上官の命を承く局務を掌る
前項の外援護官は必要に応じ関係各庁高等官を以て之に充つることを得
援護官補は厚生部内判任官を以て之に充つ上官の指揮を承く局務に従事す
前項の外援護官補は必要に応じ関係各庁判任官を以て之に充つることを得

 附則
本令は公布の日より之を施行す
高等官官等俸給令中左の通改正す
第8条中「厚生省研究所研究官」の次に「地方引揚援護局次長」を、第14条中「国立健康保険療養所調剤官」の次に「地方引揚援護局次長」を加ふ
別表第1表厚生省の部中国立少年救護院教諭院長たるものの項の次に左の如く加ふ





上原都「SCAPINじゃ『Reception Center』って表記されてるわ。これ以降、引揚送還については引揚援護局が一元的に管理運営してゆくってことよ。11月24日に厚生省告示第126号によって浦賀・舞鶴・呉・下関・博多・佐世保・鹿児島の7局、127号によって横浜(浦賀)・仙崎(下関)・門司(博多)の3出張所が設置されたの」

綿貫響「この引揚援護局が、日本人の外地からの引揚と、朝鮮人らの本国送還を担当するわけね」

上原都「これで朝鮮人送還に関係がある官制・法令はざっと見終わったわ。次は細かい点についての史料を見てゆくわね。まず、もう一回獄長日記を読んでみて」


獄長日記 
朝鮮人集団移入労務者の帰国(五)

ってことで今日は、前にやった26〜27ページ目を飛ばして、28〜32ページ目ですね。
では早速。
1945年(昭和20年)9月28日付『厚生省発健発第52号』より

(中略)

一.時局の急変の因る人心の不安・動揺を除去し、一時の感情に趨り、又は■見・誤解に基く軽挙妄動を防止する為、左の方途を講ずるものとす。
イ.内地在住朝鮮人及台湾人との接触・聨繁を更に密にし、正確なる内外の情勢と詐らざる事実とを周知せしめ、人心の安定を図り、且円滑裡に新事態に移行するが如く、中央及地方興生会、台湾協会等をして随時時局対応協議懇談会を開催せしむるものとす。
ロ.近時、朝鮮人又は台湾人の自主的団体にして、戦災者の援護、失業者の救済、帰鮮・帰台者の保護、其の他の社会事業を目的とするもの、又は文化運動を目的とするもの各地に結成せられつつあるも、右団体にして真に時局対応の諸施策実施に寄与し得るものは、之を活用するが如く措置するものとす。

二.帰鮮又は帰台を希望する者に対しては、其の希望を容れ、左に依り適切なる保護を与ふるものとす。
尚、引続内地在住を希望する者に対しては、従前の処遇を変更することなく、飽く迄も誠意を以て終始し、之が保護指導に付必要なる措置を講ずるものとす。
イ.帰鮮又は帰台者の輸送は、集団計画輸送の方法に依るものとす。 右計画輸送の順位は、差当り昭和20年9月1日警保局保発甲第3号「朝鮮人集団移入労務者の緊急措置の件」に依り、集団移入労務者を優先的に取扱ふこととし、一般既住者の輸送計画に付ては、追て之を指示するものとす。
ロ.地方興生会等をして、一般既住者の帰鮮又は帰台希望の取纏、乗車船券の共同購入、其の他出発準備に関する斡旋を為さしめ、右計画輸送の円滑なる実施に協力せしむるものとす。
ハ.帰鮮又は帰台の旅行は、相当長日数に亘るものあるを予想せらるるを以て、旅行中の食糧其の他の生活必需物資に関し、出発地地方庁は特別の配慮を為すものとす。
ニ.帰鮮又は帰台者の乗舩地に於ける一切の保護は、別途通牒に依る引揚民事務所、之に当るものとす。
ホ.中央及地方興生会、台湾協会等をして、帰鮮又は帰台待機中の者の保護及旅行途中の誘導、休憩所の提供、其の他の援護に萬遺憾なきをなきを期せしむるものとす。
ヘ.帰鮮希望者中、貧困にして旅費なき為帰郷し得ざる者に就いては、旅費の全部又は一部を地方興生会をして支出せしむるものとす。
(右に対しては、国庫補助の方途を構ぜられあり。)

三.興生事業は、概ね左の方針に依り実施するものとす。
イ.時局の急変に即応し、興生事業は人心の安定、帰鮮帰台者の保護斡旋竝に失業者救済、職業指導、生活相談、其の他内地在住者の保護に重点を置くものとす。
ロ.興生事業中、終戦に伴ひ不必要又は実施不可能と為りたる別紙事業は、之を停止し、其の他の既定計画事業は之を継続実施するものとす。
ハ.中央及地方興生会、興生委員等は猶其の儘之を存置するもとのす。

(中略)

興生会ってのは、厚生省の外郭団体って事で良いのかな?
別紙のうち、「兵事思想普及」とか「国語読本」とか「勤労報国隊」とか「服装改善指導」等に関しては、
何やら面白い事言ってる人達も居るようなので、もう少し深く掘り下げても面白そうなんだけど、取りあえず今んとこやる気無し。

で、これまでも何度か出てきたとおり、朝鮮人及び台湾人の帰国に関しては興生会が重要な役割を担うようです。

また、『内鮮関係通牒書類編冊(レファレンスコード:A06030086000)』以降の話については、xiaoke氏が「▲流れを気にせずに」等で取り上げられていましたので、その後の調査結果と、ついでに興生会って何?ってとこまで調べてくれないか、期待しながら待ちたいと思います。(笑)



綿貫響「本来、興生会についての話と、このエントリー以降の流れについて、獄長から作者に振られたのよね。あ、xiaokeってのは作者のエンコリIDだから」

神楽「「▲流れを気にせずに」は「移入華人及朝鮮人労務者の取扱に関する件」と同じものだよな」

白鳥鈴音「おー、やっと興生会について触れるんだね」

上原都「そういうこと。まずCLO381で興生会についてふれられている「Note(註)」を見てみましょう

CLO381 朝鮮人の送還

"Note" :"Koseikai" is a "foundational juridical person" established for the purpose of protecting Koreans and Formosans residing in Japan, and is under the jurisdiction of the Ministry of Welfare.
     The head office of the "Koseikai" in Tokyo is called the "Chuo(Central)-Koseikai". There is a "Chiho(Local)-Koseikai" in each Prefecture.
     The annual budget of the "Koseikai" is 4,500,000Yen. Koreans and Formosans are included in the managing staff, which consists mainly of Japanese.

注:「興生会」は朝鮮人と台湾人を保護するために設立された「財団法人」であり、厚生省の管轄下にある。
  東京の「興生会」本部は「中央興生会」と呼ばれる。各県には「地方興生会」がある。
  「興生会」の年間予算は450万円である。朝鮮人と台湾人は経営陣に含まれる。また、経営陣は主に日本人で構成される。



白鳥鈴音「へー、厚生省管轄の財団法人なんだ」

神楽「経営陣には朝鮮人と台湾人もいるのか」

上原都「そうよ。内地在住の朝鮮人・台湾人のための組織だからね。構成状況について、前回も使ったアジ歴の『昭和二十年・特高・各種雑纂綴(レファレンスコードA06030052000)』を見るわね。3ページ目なんだけど、こんな感じよ」

昭和20年8月30日
 京都府興生会峰山支会長

京都府興生会長殿

   興生会関係者報告方の件
本日電話御下命の首題の件左記の通りに有之此段及報告候也
    左記
一、峰山支会
    支会長 藤井芳郎
    幹事長 江口盛蔵
    幹 事 谷内磯次郎

二、指導員
  (イ)住所 中郡口大野村371
    (興生委員)内地人 平井朝一
  (ロ)住所 中郡峰山町字杉谷
    (興生委員)内地人 吉岡直吉
  (ハ)住所 中郡峰山町字杉谷
           鮮人 松田一郎
  (ニ)住所 中郡三重村字森本
           鮮人 山本一郎


上原都「『本日電話御下命の首題の件』が何なのかはわからないけど、興生会指導員層の構成状況が分かる史料だから取り上げてみたわ」

白鳥鈴音「ふたりとも『一郎』って安直だねー」

綿貫響「…そこに反応するか…で、興生会は財団法人だって分かったけど、どういう形態でいつできたものなの?」

上原都「参考資料らしきものになりそうなのは、朴慶植「日帝時期における協和会について」、樋口雄一「協和会前史」「協和会と朝鮮人の世界」「戦時下の在日朝鮮人統制」という論文があったわ」

神楽「朴慶植ってだいじょうぶか?ほら、著書の『朝鮮人強制連行の記録』で「土匪之為惨殺サレタル鮮人ノ幼児」というキャプションのついた写真と「鉄嶺ニテ銃殺セル馬賊ノ首」というキャプションのついた写真を「5.30間島事件、朝鮮人虐殺の惨状」として載せている詐欺師だろ」

上原都「そうね。しかも後者については、初版ではうっかり写真上部のキャプションをついたまま掲載して自爆し、重版ではそれをトリミングで削った上「日帝が朝鮮人民と中国人民の離間を策してキャプションをつけた写真ニダ」と言い訳してるし。でも、興生会の件については、とりあえずその成立事情や推移を知ることができればいいんだから問題はなかったわ」

神楽「そうなのか?」

上原都「ええ。興生会の成立年月日や組織形態についての記述は、他の資料や新聞記事と付き合わせればいいわけだし。そうそう、樋口雄一「協和会関係資料集」は、論文ではなく興生会に関係する新聞記事を集めたものだから、かえって役に立ったわね」

白鳥鈴音「でさ、どんなことがわかったの?」

上原都「長くなるけど我慢してね。まず、1920年代から日本各地で朝鮮人在住者の「融和」や厚生、互助を目的とした団体が設立されていったの。例えば三重県では、県によって「三重県社会事業協会(昭和13年設立)」、熊本県では「熊本県社会事業協会」に「協和部(昭和12年8月設立)」といったものが設立されたのね。一方、神奈川県では県からの助成金7,500円を得て知事を会長とした財団法人「内鮮協会(昭和15年9月29日設立)」が設立されたわ」

綿貫響「お役所の部課や外郭団体なのね」

上原都「民間レベルの団体もあったわ。長野県では「諏訪同志会」「上田真誠会」「松本共済会」といったものがそうよ。
 昭和14年6月「中央協和会」が設立され各府県に協和会の支会が設立されていったので、既存の団体も「地方協和会」として再編されたってわけ」

神楽「最初から全国レベルでつくられたんじゃないんだな。あれ?興生会じゃなくて協和会?」

2009年1月18日・24日追加

上原都「その疑問はちょっと待ってね。中央協和会は、厚生省・内務省の外郭団体、具体的には厚生省社会局・内務省警保局の管轄で、内務省・厚生省などの現役幹部が中央協和会の理事・参与・参事などに就任し、地方協和会は府県知事が会長に、学務部長、警察部長、社会課長、特高課長らが理事に就任し、その下部の協和会支会は、警察署長が支会長に就任したの。
協和会の組織機構図についていい説明記述があったので追加するわね」

  (三)協和事業の実施機関
 協和事業は何のやうな機構により、何のやうな機関によって実施せらるゝものであるかと申しますに、大別すれば二つに分つことが出来ます。一は行政機関によるもので、他は民間団体によるものであります。
 (1)先づ行政機関ヽヽヽヽに就いて申しますに、中央に於いては厚生省社会局が協和事業の主管官庁として専務職員を設けて事業遂行の衝に当り、内務省、文部省、拓務省、朝鮮総督府等が主なる関係官庁として協力して居ります。特に内務省警保局は、協和事業が治安とも関係する所が深いので格別の連繋が保たれて居ります。
 地方では道府県庁が中心となつて専務職員を設け学務部社会課及警察部特高課が緊密な協力の下に、警察署並市町村を指揮して事業の遂行に当つて居ります。
 (2)次に民間団体ヽヽヽヽとしては、事業の特殊性から見て指揮系統が判然とし、又全国的に緊密且つ強力に事業の遂行に当る必要がありますので、民間有力家及び関係官庁の協和事業関係官吏との合作に依りまして、特殊の民間団体として協和会が全国的に設けられて居るのであります。
 中央の機関としては中央協和会が厚生省社会局の内に設けられて、厚生省、内務省、文部省、拓務省並に朝鮮総督府等の大臣、総督其の他聞係官及び内地、朝鮮の第一流の民間人士を顧問又は理事、評議員として組織されて居るのであります。地方に於ては、道府県庁の外郭団体として、四十六の道府県協和会が設けられ知事を会長とし、中央に準じて、官民協力の下に其の機構を形造つて居ります。又其の下部機関として、各警察署を中心として支会を設け、警察署、市町村当局及び民間有力家を幹部とし、其の警察管区を事業区として、事業の実施に当つて居ります。今日では千五十の支会が設けられて居ります。支会は又其の事業遂行の便宜に従ひ、下部組織として分会、或は指導区を設けて居ります。分会は支会に準じて作られた組織ある団体であつて、地域分会と職場分会に分たれ、原則として専任指導員を設くることとなつて居りますが、指導区は指導の便宜の為に一定の地域を区画したもので、専任指導員の指導担当区とするものであります。
 更らに又分会、指導区は数箇の補導班に分つのであります。此の補導班は十世帯乃至二十世帯程度を以て組織し班毎に、其の班中に於て最も徳望と教養ある者を補導員に依嘱するのでありますが、この補導員は名誉職であつて、支会、分会から指令された事項の徹底普及、其の他班内に於ける世話係と云ふ、頗る重要なる職責を負荷されて居ります。
 尚此の外に社会事業施設、教育施設、一般社会教育施設其の他の援助協力に俟たねば、協和事業の目的を達し得ないことは申す迄もない所でありますが、協和事業実地機関としては以上の通りであります。之の施設は全国各道府県何れも同一の組織、同一の名称を以て設けられ、尚其の事業の遂行に当つては、各地共に歩調を揃へて一斉に押進むるのであります。即ち協和事業は、「同一指導方針の下に、同一歩調を以つてヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ」と云ふことを標語と致して居るのであります。
 次に了解の便宜の為に、協和事業機構表を、掲ぐることに致します。

「協和事業とは何んなものか」武田行雄『近代民衆の記録10 在日朝鮮人』(小沢有作編集 新人物往来社)収録




上原都「この書籍は協和会が出版した協和叢書の一つで、筆者の武田行雄は、協和叢書の編集者兼発行人で厚生省協和官・中央興生会参与なのよ」

綿貫響「つまり協和会幹部が事業の周知・推進のために書いた書籍ってわけね」

上原都「それと、昭和16年1月に大阪府知事が半井清から三邊長治に代わったときの引継ぎ書類「知事事務引継書(昭和16年1月)」に収録されている「特高課関係事務引継書類」の「第4 内鮮警察概況 内鮮係」の「第2章 内地化生活改善状況」に、大阪での協和会の成立事情がうかがえる記述があったわ」 


第二章 内地化生活改善状況
 第一節 協和事業の状況
在住朝鮮人の大半は労働者にして智識階級尠く向上心なく朝鮮人特有の風習を持続し内地人と相容れざるの実情に在りて之が欠陥を除去する為に之が同化指導機関として大阪府内鮮融和事業調査会の決議に基き去る昭和九年九月管下今宮、鶴橋、泉尾の三警察署に協和会支会を設置し専任指導員各一名を配置し所轄警察署長の指揮下に屈せしめ
   (一)国民精神作興に関する事項
   (二)生活改善に関する事項
   (三)風俗改善に関する事項
   (四)教育奨励に関する事項
   (五)衛生改善に関する事項
等を主要事業として実施せしめたるに其の実績極めて良好なりしに鑑み爾来年を逐ひて管下主要警察署に増設せるが更に本年は皇紀二六〇〇年紀念事業として之を管下全警察署に設置の計画を樹立着々進行中なるが其の状況左表の通り

協和会支会設置状況
所轄警察署名
及支会名
設置年月日
今宮 昭和九年九月
鶴橋
泉尾
中津 昭和十年六月
中本
今福
曽根崎 昭和十一年八月
福島
網島
九条 昭和十二年一月
朝日橋 昭和十二年二月
市岡
額田 昭和十二年七月
玉造 昭和十二年十一月
天満
布施
十三橋
芦原 昭和十二年十二月
築港
大和田 昭和十三年五月
住吉
岸和田 昭和十三年九月
柴島 昭和十三年十二月
阿部野
難波 昭和十四年十一月
天王寺 昭和十五年三月




綿貫響「?中央協和会の成立が昭和14年なのに、その5年前に大阪では『協和会』という名称で存在していたのね」

白鳥鈴音「で、どこでどうして協和会から興生会になったの?」

上原都「中央協和会は昭和19年11月20日付で、財団法人として寄付行為などの会則の改正が認可されて「中央興生会」に改組されたのよ。ま、事業内容は同じだけどね」

綿貫響「そっか。それで、興生会あての文書が峰山警察署の文書綴『昭和二十年・特高・各種雑纂綴(レファレンスコードA06030052000)』に入っているんだ」

上原都「そういうこと。協和会から興生会への改組については
アジ歴『7.朝鮮及台湾同胞ニ対スル処遇改善要綱/4 朝鮮及台湾同胞ニ対スル処遇改善要綱の4(レファレンスコードB02031286400)』の7ページ目に関連記述があるわ。脱線になるからこれ以上はふれないわよ」

神楽「だけどさ、獄長日記に紹介されているように、いろいろ言っている人たちっているんだなぁ」

上原都「興生会のあった当時は、朝鮮人であれ台湾人であれ、内地人化することじたいはあたりまえでしょ。二等国民扱いしたまま据え置けば『差別』になるでしょ。戦後だけどこんな活動もしてるわね。引き続き峰山署の資料の21・22ページよ」

昭和20年10月4日
        財団法人京都府興生会長三好重夫
峰山支会長 殿   (峰山警察署 20年10月7日付で査収印)

   戦災慰霊祭参列申込の件
標記に関し大阪市東淀川区柴島町金光教柴島教会より別紙写の通以来越有之候条該当者に適宜通知相成度候也

参考
別紙金光教柴島教会依頼状写添付のこと

昭和20年9月26日
      大阪市東淀川区柴島町259
      金光教柴島教会       印
       主管者安東大龍
  京都府興生会長 殿

謹啓閣下益々御清光賀上候扨当教会来る拾月拾五日午前拾時より半島出身戦災者慰霊祭執行致度乍恐縮府下半島出身者へ左記御伝達方奉懇願候
  戦災慰霊祭申込書
一、用紙 官製又は私製葉書
一、戦災死者 生存中の氏名
一、祭典日時 来る拾月拾五日午前拾時より
一、〆切期日 拾月拾四日中迄に郵便の事
一、申込所 大阪市東淀川区柴島町259
          金光教会柴島教会
一、備考 遺族は同時刻遥拝の事



綿貫響「半島出身戦災者の慰霊祭について、京都府興生会長が峰山支会長に送った文書ね。金光教の大阪柴島教会が慰霊祭を行なうにあたって実施要項について教会から京都府興生会に送られた文書が添えられているわ」

上原都「で、この興生会が送還に携わることになって、11月12日まで地方興生会や朝鮮人労働者の事業主が計画輸送証明書を発行したの。13日以降は各地方長官が発行するようになったけどね」

神楽「ふうん。で、その後、興生会はどうなったんだ?」

上原都「それがねぇ、中央興生会は1945年の11月15日に解散したし、地方興生会も朝鮮人の復員軍人・集団移入労務者を優先した計画輸送が終了した46年の年明けには次々と解散していったみたいなの。こんな新聞記事があったわ」

1945年11月6日毎日(大阪)
在留鮮人援護に日鮮協会中央興生会は解散
内地在住朝鮮人の保護機関財団法人中央興生会は終戦に伴ひ解散するが在留朝鮮人の援護、ことに帰鮮者の保護斡旋連絡に関する事務のため新に日鮮協会を設立中央興生会の事業および資産を引継ぐことになつてゐる


1945年11月7日朝日新聞(東京版)
中央興生会解散
財団法人中央興生会は今回解散することになり八日の理事会でこれを議決する、同会解散後の在住朝鮮人の援護ことに帰鮮者の保護斡旋連絡については今後政府がこれに当り別に厚生大臣を会長に日鮮協会を新設、興生会の事業と資産を引継ぐことになつてゐる


綿貫響「11月8日の理事会で、11月15日解散と決定したのね」

上原都「そういうことでしょうね。『引揚援護の記録』では10月15日解散と書いているけどおそらくは誤記でしょう。そうそう、大阪府の史料で興生会についてふれられたものがあるわ」

白鳥鈴音「本場の史料だね♪」

上原都「何の本場よ……1946年1月25日付をもって、大阪府知事は新居善太郎から松井春生に交代したんだけど、その事務引継書よ」

知事事務引継書  昭和21年1月
内政部民生課事務引継書〔朝鮮・台湾人計画輸送・財団大阪府興生会〕
   内政部 民生課

一、朝鮮人計画輸送に関する件
  10月5日以降計画輸送に依り集団移入労務者土建事業場従事者を優先的に帰国せしめ概ねこれを完了し現在は一般在住者を輸送中なり 12月以前の当府の割当は1日2百名1月中1日3百名なるも乗船地其他の都合に依り屡々輸送中止せられたるを以て1月26日迄に82回 13917名を輸送せるに止まりたるも2月以降は漸時輸送力増大せるを以て大阪鉄道管理局管内2府7県の1ヶ月間輸送割当36,000名中 当府割当は 13,000名となれり尚帰鮮希望者は現在約75,000名と推定せらるゝも気候荷物輸送及朝鮮の国内事情等より速急に帰国を希望する者減少し、状況の好転を待ちて帰国せんとするの傾向あり 計画に依る集団的輸送完了の時期は6月頃と推定せらる

二、台湾人計画輸送に関する件
  当府在住者中帰国希望者約4千名ありて現在帰国申込済のもの724名なり 厚生省に於ては朝鮮人計画輸送の取扱に準じて立案中なるを以て近く呉港より乗船を以て本計画輸送開始せらるゝ予定なり

三、財団法人大阪府興生会解散の件
  財団法人大阪府興生会は昭和13年5月財団法人内鮮協和会として創立 其後大東亜戦争勃発以来益々事業の重要性を加ふるに至り昭和20年3月31日財団法人大阪府興生会と改称し爾来大阪府下に在住する外地同胞の内地融合を計り其の興生の実を挙ぐる為
   一、皇民化の促進に関する事項
   二、指導並に保護に関する事項
   三、兵役観念の普及に関する事項
   四、勤労報国精神の昂揚に関する事項
   五、興生事業の趣旨普及に関する事項
   六、興生事業の調査研究に関する事項
   七、其の他本会の目的を達成するに必要なる事項
  等に付52支会と10隣保館と皇紀二千六百年記念事業として北区中崎町に大阪府興生会館を建築し内地在住外地同胞の興生の実を挙ぐる為府下唯一の施設として積極的指導をなし其の成績頗る見るべきものありたるも今次終戦に伴ひ朝鮮の独立に依り其の機能を停止せざるべからざる状態となりたるを以て事業完遂に至らず 本年1月23日の本会理事会に於て愈々本月31日を以て解散することに決定せり
追而 残余財産の処分に付いては仝日の理事会に於て左の通決議せり
   一、不動産は大阪府に寄附
   二、役職員竝に関係者に対する退職金、解散手当、謝儀等は清算人に一任すること
   三、予金及現金は後継団体大阪府日鮮協会へ寄附
   四、什器は詳細調査の上一部は後継団体大阪府日鮮協会へ寄附 其他は大阪府へ寄附
  尚現金(予金)に付ては昨年12月中旬より進駐軍に於て調査中なるも近く解除の見込なり

四、大阪府日鮮協会設立に関する件
  従来内地在住外地同胞の保護指導に就ては財団法人大阪府興生会が本事業を直接担当し来り相当成績を挙げつゝありしも這般の終戦に依り同会は事業の画期的方向転換の止むなきに至り今般解散することに決定したるも今後と雖日鮮親善の必要なるは論を俟たざる所なるに付之が後継団体とも称すべき大阪府日鮮協会を設立し今後益々日鮮親善の実を挙げ援護送還等に付万遺憾なきを期せんとす

五、大阪府興生会館貸付の件
  大阪府興生会館(北区中崎町43)の施設及備品の一部を在日本朝鮮人聯盟並に朝鮮人国際労働同盟に朝鮮人送還中無償貸付をなす
  本件に付ては進駐軍第107師ハートマン少佐と連絡済なり




白鳥鈴音「ハートマン!ハートマン!しかも軍曹じゃなくて少佐♪」

神楽「やっぱり真っ先にそこに食いつくのかよ!…作者も獄長もそうだったけどさ」

綿貫響「興生会の設立や活動、その解散について説明されているわね」

神楽「後継団体があったんだ。これはどうなったんだ?」

上原都「中央日鮮協会と大阪府日鮮協会については関連資料を探せていないわ。ま、これ以降、在日本朝鮮人連盟のような朝鮮人たちの組織が活発に活動するわけだし、この協会がたいした活動をできたとは考えにくいんだけどね」

白鳥鈴音「在日本朝鮮人連盟って何?ソーレンってやつかなー?」

上原都「いいえ。通称『朝鮮総連』こと在日本朝鮮人総連合会の前団体に位置するものよ。終戦直後に朝鮮人の保護扶助のために結成されたんだけど、45年秋以降は共産主義者が指導層に入り込んだため赤化し、暴動や騒乱を引き起こすようになったの。結局は49年にGHQによって解散させられたわ。通称は『朝連』ね」

白鳥鈴音「じゃ、朝鮮人国際労働同盟ってのは?」

上原都「45年11月に、朝鮮人の帰還支援や失業対策にあたる朝鮮人保護会、また朝鮮人炭鉱労働者の保護支援にあたる朝鮮人国際労働同盟会が結成されたんだけど、12月に両者が合同し、在日本朝鮮人連盟から弾き出された右派も合流したとされているのが朝鮮人国際労働同盟よ」

綿貫響「そうか。在日本朝鮮人連盟が赤化する過程で排除された連中も出たわけだ」

上原都「朝鮮人国際労働同盟は米軍政部の斡旋で興生会館に本拠を置いたとされているわ。だけど46年の年明けには生野区に本拠を構えていた在日本朝鮮人連盟もその興生会館に引っ越してくるのよ」

神楽「ライバル同士が同居かよ。ちょうどこの史料の時期だな。で、その興生会館はどうなったんだ?」

上原都「その場所は、現在は在日本大韓民国民団つまり民団の大阪府本部よ」

白鳥鈴音「へー。そのままなんだ」

上原都「建物自体は建て替えてるはずなんだけどね。なお第1項の『集団移入労務者土建事業場従事者を優先的に帰国』が今触れている朝鮮人の復員軍人・集団移入労務者の送還を優先する計画輸送のことで、それより後ろで言っている「朝鮮人計画輸送」はまた別の物だからね。詳しくは次回以降この史料も使って取り上げるつもりよ」

綿貫響「で、朝鮮人の復員軍人・集団移入労務者の優先送還はどんな状況だったの?」

上原都「前回触れたCLO349の提出を受けて、GHQが送還計画に関して出した指令SCAPIN295があるんだけど、そこのパラグラフ10を見て」

SCAPIN295 日本からの非日本人の送還

綿貫響「これも前回少しだけ触れているわね。えーっと『10.日本を出発する送還者の数を示したレポートを毎週提出する。その週の月曜日から日曜日までを含み、遅くとも水曜日までに司令部に届けること。レポートには以下の情報が含まれること:船の名前、出発の時間、出発の港、目的地、国籍別の乗客数と現在まで出発した国籍別の総数』ね」

神楽「朝鮮人や中国人の日本からの送還状況について、毎週レポートを提出しろってことか」

上原都「ええ。そのレポートに関係ありそうな文書がCLOにあるのよ。どうやら第3回目のレポートのようだけどね」

CLO749 非日本人の日本からの送還についての報告

非日本人の日本からの送還の3回目の報告

11月19日から11月25日の週

船舶名 出港日 出港地 目的地 乗客数 国籍
間宮丸 10.26 博多 釜山 1,173 朝鮮人
徳寿丸 10.28 2,966
北鮮丸 10.30 1,401
会寧丸 11.3 692
北鮮丸 11. 4 1,171
間宮丸 11.4 778
11.14 843
明優丸 11.11 3,500
雲仙丸 11.16 1,735
白龍丸 2,065
会寧丸 711
龍平丸 11.18 511
黄金丸 989
天佑丸 797
徳寿丸 11.19 2,976
11.21 2,538
11.24 2,998
第三日正丸 11.19 357
早鞆丸 11.20 246
夕風 11.21 223
11.23 242
第三日正丸 11.23 332
掃海艇49号 11.20 167
11.24 124
興安丸 10.28 仙崎 釜山 6,682 朝鮮人
11.21 7,322
海防艦160号 11.24 266
雪川丸 11.15 三池 227
台北丸 11.18 舞鶴 1,175
新潟丸 11.20 小樽 1,079
第三ダイジツ丸(修正報告) 11.8 小樽 262


    合計 朝鮮人 48,548  
      中国人 無し  


    合計 朝鮮人 378,858  
      中国人 5,527  
注:この報告は1回目と2回目の報告で報告されなかったいくつかの船舶を含む

神楽「このレポートが提出された時点で378,858人の朝鮮人が送還済みか」

綿貫響「徳寿丸や明優丸といった船舶だけじゃなくて、駆逐艦夕風や掃海艇、海防艦も送還輸送に従事しているのね」

上原都「ええ。それと博多・仙崎・三池といった北九州の港からだけでなく、舞鶴・小樽からも送還輸送は行なわれたようね」

白鳥鈴音「あれ?SCAPINで朝鮮人の送還を行なう港は指定されてなかったっけ?」

上原都「たしかに当初、仙崎・博多・呉が朝鮮人送出港として指定はされていたけど、実際には舞鶴・小樽のほか佐世保や室蘭などからも送出するよう指令があったようなの」

SCAPIN351 Repatriation 送還

白鳥鈴音「ほんとだ。『a.11月28日から、隔日3,000人の朝鮮人の乗った上陸用舟艇は佐世保を出航し朝鮮の群山に向かうこと』って書いてるね」

上原都「他に11月の輸送状況についてふれたこんな記事があったわ」

1945年11月17日読売報知
帰鮮者へ注意
連合国軍の指示により十三日から実施予定の帰国証明書制度による朝鮮人の帰還輸送は乗船地における混乱、伝染病の発生等のため中止となり改めて連合国軍司令部の指示により左の要領による来る廿四日から実施される
一、乗船地への計画輸送は来る廿四日再開される
二、乗船地における登録(帰国証明書交付)は十七日現在において乗船地に滞留してゐる朝鮮人に対して行はれ十八日以降は絶対に行はない
三、十八日以降証明書なくして乗船地に来る者は絶対に乗船せしめないから輸送計画の順序の来るまで必ず現住所に止るやう
四、各地における帰国証明書交付は輸送計画に従つて市町村長等地方長官の指示する者が行ふ
五、台湾、南方方面への帰還はまだ許可されない


綿貫響「帰国証明書って何?」

上原都「『計画輸送証明書』とも言ってね、輸送を統制して計画的な輸送を行なうために10月25日から発行を開始されたものよ。地方興生会や事業主が発行していたんだけど、11月13日からは記事にもあるように市町村長等地方長官が発行することになったの」

白鳥鈴音「ふーん。日本政府もちゃんと計画的な輸送を考えているだねー」

上原都「そりゃそうよ……『連合軍総司令部から帰国輸送計画の指示が出る十一月一日まで、日本政府は自国民の朝鮮・中国からの引揚には力を注ぎながら朝鮮人の帰国については充分な対策をたてず、連合軍総司令部からその怠慢を注意される有様だった(朴慶植「解放直後の在日朝鮮人運動(二)」在日朝鮮人史研究第2号所収)』とか『日本政府には、強制連行して来た朝鮮人を帰さなければならないという道義的責任感が欠落していたため、船舶不足を理由にあげて、真剣に取り組む姿勢は示さなかった(「在日コリアン百年史」金賛汀 三五館)』とかいう言説もあるけどねぇ…
 じゃ、今回はここでオシマイ。次回からはSCAPINを通して送還輸送について見てゆくわね。今回まで出てきた史料の時系列順の表はこっちに載せておくわ」

神楽「今回は短いじゃねーか。作者もきちんと尺とか計算してつくれよなー」

綿貫響「協和会史料を追加したらいい長さになったじゃない」


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