戦後朝鮮人の送還について 4



上原都「前回の最後に紹介したSCAPIN822に基いて、一般在住朝鮮人の送還が行なわれることになったんだけど、いろいろあって全面的に改定というかたちで5月7日にSCAPIN927を発したの」

SCAPIN927 Repatriation 送還

神楽「両方とも附則が多くて細かいなー」

上原都「そりゃ、非日本人の送還・日本人の引揚についての基本的な指令になるわけだからね。これまで単発で出されていたものの集大成というかまとめみたいなものになるわよ。そうそう大阪府の公文書でこの送還に関するものがあったわ」

知事事務引継書  昭和21年6月 援護課事務引継書〔復員者受入れ 外国人送還他〕

   知事引継書 援護課

一、在外一般引揚同胞並に復員者受入応急援護
  (省略)

二、遺家族、戦災者復員者等の授産事業
  (省略)

三、外国人及外地人の送還及援護事業
  本年3月18日現在標記対象者は本府に於て147,295人で中127,649の殆どが帰還を希望してゐる
  この送還については進駐軍及政府の方針にもとづき鉄道局、市区町村長の関係方面と密接なる連絡をとり9月迄に完了するやう計画を樹て実施中である
  又援護については旅程等を考慮し主食衣料品日用品等を交付してゐる

四、大阪府援護中央相談所
  (以下省略)




白鳥鈴音「あれ?前回触れた
昭和21年度第2予備金支出要求書朝鮮人送還費の大阪府在住で送還希望の朝鮮人95,149人ってのと数が合わないよ?」

上原都「ええ、それについては作者もそれなりに納得し得る解を見出せてないのよ…で、『9月迄に完了するやう計画を樹て実施中』と書かれているわね。822には送還期限については規定が無いんだけど、SCAPIN872の3bで規定されたの」

SCAPIN872 Repatriation of Chinese, Formosans and Koreans 中国人、台湾人及び朝鮮人の送還

3.In accordance with the provisions of reference 1a above and subject to the restrictions imposed by reference 1c above all Koreans, Formosans and Chinese who registered as desirous of repatriation will be cleared from Japan as follows:
  a.Koreans not later than 30 August 1946.
  b.Formosans during the week 5-11 May 1946.
  c.Chinese not later than 13 May 1946.

3.参照1aの条項に従い、参照1cによって課せられる制限を前提として、送還を希望すると登録した全ての朝鮮人・台湾人そして中国人は、以下のように日本から一掃されること
  a.朝鮮人は遅くとも46年8月30日までに
  b.台湾人は46年5月5〜11日の週の間に
  c.中国人は遅くとも46年5月13日までに

神楽「えっ?送還期限は8月30日になってるぜ」

上原都「当初は8月30日だったのよ。それを延長したのがSCAPIN876」

SCAPIN876 Repatriation of Chinese, Formosans and Koreans 中国人、台湾人及び朝鮮人の送還

1.Reference is made to Memorandums from the Supreme Commander for the Allied Powers file AG 370.05(9 Apr 46)GC, (SCAPIN-872), subject as above, dated 9 April 1946.

2.Paragraph 3a reference memorandum is amended to read as follows: "Koreans not later than 30 September 1946."

1.参照は46年4月9日付SCAPIN872、表題は同上

2.参照のパラグラフ3aは「朝鮮人は遅くとも46年9月30日までに」と改められる

上原都「この送還期限9月30日という規定は927にも受け継がれ、9月10日付SCAPIN927/7によって11月15日まで延長されたの」

SCAPIN927/7 Repatriation 送還

.Processing of Koreans through Japanese ports.
  a.The repatriation of Koreans now in Japan, who were formerly resident in Korea south of 38゜north latitude, will be completed on or before 15 November 1946, except as noted in paragraph 1d above. A report will be submitted to the Supreme Commander for the Allied Powers by 30 November 1946 showing:
    (1)Names of Koreans, listed by family, who were not repatriated on or before 15 November 1946, but who have not forfeited their privilege of repatriation, as outlined in paragraph 1d above.
    (2)Approximated date each family, referered to in paragraph 9a (1) above, will be able to move to the Hakata Reception Center. In any case, delay in repatriation is not authorized beyond 31 December 1946.

.日本の港を経由する朝鮮人の処理
  a.現在日本に居て、以前北緯38度以南の朝鮮に居住していた朝鮮人の送還は、1946年11月15日またはそれ以前に完了すること。但し上記パラグラフ1dに記された者を除く。以下の報告を1946年11月30日までに連合国最高司令官に提出すること
   (1)上記1dで概説されたとおり、1946年11月15日またはそれ以前に引揚ができないが、送還特権を喪失しない者で家族の名簿に記載された朝鮮人名
   (2)上記パラグラフ9aの(1)で言及された家族が博多引揚援護局へ移動することができるおおよその期日。しかしいかなる場合においても1946年12月31日を越えての送還は許可されない


上原都「完了期日を11月15日として、やむをえない事情でそれまでに帰国できない場合でも『いかなる場合においても1946年12月31日を越えての送還は許可されない』としているのよ」

白鳥鈴音「止むを得ない事情ってなーに?」

綿貫響「出産や病気とかのことじゃないかしら?こういう広告もあったし」

1946年9月1日朝日(大阪最終版) 広告


府下在住の朝鮮人帰国希望者へお知らせ
帰国輸送は九月四日で一応終了します
病気出産等止むを得ない理由で第一回の指定日に出発出来ない旨を市区町村役場へ届出てあつた人達の為に左様に依つて帰国の取扱をします
右の人達の中で今回の割当日にも帰国出来ない人は其の理由を重ねて市区町村役場へ届出て置いて下さい 指定日よりも早く帰りたい方は市区町村役場を通じて援護課へ申込んで下されば列車に余裕のある限り取扱ひをいたします

朝鮮人第二次送出計画表
 九月五日北区、都島区、福島区、此花区△六日、東区、西区、港区、大正区、天王寺区、南区、浪速区、大淀区△七日、東淀川区、西淀川区△八日、東成区△九日、十日、生野区△十一日、旭区、城東区、阿倍野区△十二日、住吉区、東住吉区、西成区△十三日、堺市、岸和田市、豊中市、貝塚市△十四日、布施市△十五日、池田市、高槻市△十六日、吹田市、泉大津市、三島郡、豊能郡△十七日、泉南郡、泉北郡、南河内郡△十八日、十九日、中河内郡△二十日、北河内郡

大阪府

上原都「そうみていいわね。で、送還期限はさらに11月5日付SCAPIN927/10によって12月15日まで延長されたの」

SCAPIN927/10 Repatriation 送還

9.Processing of Koreans through Japanese ports.
  a.The repatriation of Koreans now in Japan, who were formerly resident in Korea south of 38゜north latitude, will be completed on or before 15 December 1946, except as noted in paragraph 1d above. A report will be submitted to the Supreme Commander for the Allied Powers by 31 December 1946 showing:
    (1)Names of Koreans, listed by family, who were not repatriated on or before 15 December 1946, but who have not forfeited their privilege of repatriation, as outlined in paragraph 1d above.
    (2)Approximated date each family, referered to in paragraph 9a (1) above, will be able to move to the Hakata Reception Center.

  9.日本の港を経由する朝鮮人の処理
  a.現在日本に居て、以前北緯38度以南の朝鮮に居住していた朝鮮人の送還は、1946年11月15日またはそれ以前に完了すること。但し上記パラグラフ1dに記された者を除く。以下の報告を1946年12月31日までに連合国最高司令官に提出すること
   (1)上記1dで概説されたとおり、1946年12月15日またはそれ以前に引揚ができないが、送還特権を喪失しない者で家族の名簿に記載された朝鮮人名
   (2)上記パラグラフ9aの(1)で言及された家族が博多引揚援護局へ移動することができるおおよその期日

綿貫響「へー、3回も延長してるんだ」

上原都「しかも、ここではやむをえない事情でそれまでに帰国できない者の送還期日についての記述が消えているの」

  d.Exception to paragraph 1 c above may be made in the case of families which cannot comply with plans of the Imperial Japanese Government for their repatriation, due to circumstances over which they have no control. Insofar as practicable the immediate family group should be considered a unit, and should be repatriated as a unit, unless members thereof have forfeited their privilege of repatriation. Persons, who cannot comply with repatriation plans, due to circumstances beyond their control, will not be included in the reports directed in paragraph 1 c above.

  d.彼らの左右し得ない状況のため、日本政府による地方引揚援護局への移動計画に従うことのできない家族について、上記パラグラフ1cに例外を設ける。できる限り直接の家族集団は一グループとしてみなされるべきであり、家族構成員に送還特権を喪失したものがいない限りは、一グループとして送還されるべきである。彼らの左右し得ない状況のために送還計画に従うことができない者は、上記パラグラフ1cで指示された報告には含まないこと

神楽「送還期限が無くなったってことか?」

白鳥鈴音「なし崩し、なし崩し♪」

上原都「まぁ、送還の予定伝達の点で日本政府にも不手際があったのは事実でしょうけどね」

SCAPIN1209 Repatriation of Koreans 朝鮮人の送還

2.It has been reported that in some cases Koreans are forfeiting their privilege of repatriation due to insufficient time to prepare for movement to the reception center.

3.The Imperial Japanese Government will give Koreans a minimum of fifteen (15) days' notice for movement to the designated reception center in preparation for repatriation.

2.地方引揚援護局へ移動する準備のための時間が不十分なために、送還特権を喪失している朝鮮人がいるというケースが報告されている

3.日本政府は、朝鮮人に対して送還準備のため指定された地方引揚援護局への移動の最低限15日以前に通告を与えること

神楽「いきなり「明日が出発日だぞ」とか言われたらたまんねーだろな」

綿貫響「そこまで極端だったとは思えないけど。でもそういう事情があったってGHQに訴えれば、特典は喪失しないでしょ…この特典喪失についてはいつ規定されたの?」

上原都「4月15日付SCAPIN822/3ではじめて言及されたわ」

SCAPIN822/3 Repatriation 送還

上原都「これも927に受け継がれ、ずっと記載されていくわ。で、SCAPIN746で実施された登録で送還を希望すると登録したにもかかわらず、帰国に不熱心だった人が多かったらしいことをうかがうことができるのがSCAPIN892よ」

SCAPIN892 Repatriation of Koreans 朝鮮人の送還

2.The provisions of reference 1b and 1c above have not been complied with. Actual rates of shipment from Hakata and Senzaki on 15 and 16 April 1946 are shown below:

Date Port Rate
15 April Hakata 344
  Senzaki 709
16 April Hakata nil
  Senzaki 394

3.In view of the inability of the In erial(Imperialがかすれているものか) Japanese Government to reach the rates of flow prescribed in above references, the plan for Korean repatriation is further amended as follows:
 a.By 25 April 1946 will be delivered to the Hakata and Senzaki Reception Centers in such numbers that the following rates of outflow will be maintained.

Hakata 1500 per day
Senzaki 500 per day

 b.The Imperial Japanese Government will take necessary measures to progressively increase this rate of flow to insure that, by 5 May 1946 the ports of Hakata and Senzaki will have reached the prescribed rates of outflow of 3000 and 1000 per day respectively. These rates will be maintained thereafter until all Koreans desirous of repatriation are cleared from Japan.


2.参照1b、1cの規定は達成されていない。1946年4月15日・16日、博多と仙崎とからの出航実績は以下の通り

月日 港名 人員
4月15日 博多 344
  仙崎 709
4月16日 博多 無し
  仙崎 394

3.参照覚書に規定してある送出率を達成する能力が日本政府に欠けているという観点において、朝鮮人送還計画を以下のように改める
(a)1946年4月25日までに以下の送出率を維持できるよう博多と仙崎の引揚援護局に朝鮮人を送ること

博多 1日 1500
仙崎 1日 500

(b)日本政府は、送出率を次第に増加させていき、1946年5月5日までに仙崎・博多が規定された1日3000人と1000人の送出率を達成するために必要な処置をとり、この送出率はこの後送還を希望する全ての朝鮮人が日本から一掃されるまで維持されること。

神楽「へー『2.参照1b、1cの規定は達成されていない』かぁ」

白鳥鈴音「じゃぁ、規定された博多・仙崎の送出量ってどんな数字だったの?」

上原都「それは、参照1cと表記されているSCAPIN876にあるわ」

3.Amend the Daily Allocations of Shipping Spaces shown in paragraph 4a reference memorandum as follows:
  Senzaki 1000
  Hakata 3000


3.パラグラフ4a「1日の乗船割当」を以下のように改める
  仙崎 1000
  博多 3000

神楽「えれー落差だなぁ」

上原都「でもね。これでも参照1bと表記されているSCAPIN872で規定された送出量を下方修正したものなのよ。当初の872の規定はこれ」

4.The Imperial Japanese Government will:
  a.Deliver Koreans desiring repatriation commanding 15 April 1946 to the following reception centers are at such rates that these centers are at all times filled thereby insuring a backlog of processed repatriates sufficient to fill to capacity the indicated daily allocation of shipping spaces.
    Daily
  Daily Allocation of
Reception Center Center Capacity Shipping spaces
Senzaki 5000 1500
Hakata 5000 4500

4.日本政府は、
  a.46年4月15日までに以下の地方引揚援護局が常に送出率を満たすように、処理された送還者の残りが指示された1日あたりの乗船割当能力を確実に満たすよう送還希望の朝鮮人を送ること
    1日あたりの
  1日あたりの 割当
地方引揚援護局 収容能力 乗船者数
仙崎 5000 1500
博多 5000 4500


白鳥鈴音「まるでダメじゃない」

上原都「そういうこともあって、927ではこのように修正されたわ」

  b.Koreans will be outloaded to Pusan from the following ports at the daily rates indicated:

  Initially By 5 May 1946
Hakata 1,500 3,000
Senzaki  500 1,000
     
TOTAL 2,000 4,000

    Initial daily rates indicated above will be progressively increased to insure that the prescribed rates are reached by 5 May 1946. Thereafter the prescribed rates will be maintained until all Koreans desirous of repatriation are either cleared from Japan or have forfeited their privilege to repatriation. Sufficient Koreans will be backlogged in these reception centers to insure the above.


  b.朝鮮人は1日あたり次に示された割合で、以下の港から釜山に送出されること

  当初 1946年5月5日まで
博多 1,500 3,000
仙崎  500 1,000
     
総計 2,000 4,000

    上記で示された当初の1日平均送出率を次第に増加させてゆき、1946年5月5日までに規定の送出率に確実に到達させること。それ以降送還希望の朝鮮人が日本からすっかり退去するか、送還の特権を完全に喪失するまでは、規定の送出率が維持されること。上記を確実に履行するためにじゅうぶんな数の朝鮮人を引揚援護局に待機させること

神楽「いくら送出量を増加させようとしても、送還希望の朝鮮人が集まらなきゃ無理だよなぁ」

白鳥鈴音「せっかく日本政府が昭和21年度第2予備金支出要求書朝鮮人送還費で追加予算を組んだのにねー」

綿貫響「だけどさ、SCAPIN927を見ても分かるけど、持ち出せる現金が1,000円だけだし、持ち帰れる荷物も制限されていたから帰国を躊躇したというのはよく聞くわよ」

SCAPIN927 Repatriation Annex - Currency, Securities, and Other Documents and Possessions 送還 附則6 通貨、有価証券及び他の証書及び所有品

3.In processing Korean, Chinese, or Formosan nationals, or Ryukyuans being repatriated from Japan to their respective homelands, the Imperial Japanese Government will:
  a.Permit them to take with them yen currency in an amount not to exceed \ 1000 per person.
    (1)Chinese, Formosans and Ryukyuans will take Bank of Japan currency.
    (2)The Imperial Japanese Government will exchange Bank of Chosen currency for Bank of Japan currency for Korean nationals, on a one to one basis.
  b.Permit Koreans and Chinese to take with them in addition to currency:
    (1)Postal savings pass books and bank pass books issued by financial institutions in Japan and in the country to which they are being repatriated.
    (2)Insurance policies issued in Japan and in the country to which they are being repatriated.
    (3)Checks, drafts and certificates deposit drawn on and issued by financial institution in Japan and payable in Japan.
  c.Permit them to carry with them their clothing and personal possessions of value only to the owner. These effects will be limited in weight to 250 pounds per person. The Imperial Japanese Government will take the necessary steps to handle this additional baggage without delaying the repatriation program.

3.日本政府は日本からそれぞれの本国に引揚げる朝鮮人、中国人または台湾人または琉球人を処理するに当たり
  a.1人当り1000円を超えない金額の持ち帰りを許可すること
    (1)中国人、台湾人及び琉球人は日本銀行券を持ち帰ること
    (2)日本政府は朝鮮人のために1対1の割合で朝鮮銀行券と日銀券の交換を行なうこと
  b.朝鮮人及び中国人に対しては通貨のほかに下記のものの持ち帰りを許可すること
    (1)郵便貯金通帳並びに日本及び引揚先における金融機関発行の銀行預金通帳
    (2)日本内地及び各引揚先において発行された保険証書
    (3)日本内地の金融機関の発行した日本において支払可能な小切手、送金手形及び預金証書
  c.上記の引揚者に対して衣類及び所有者本人にとってのみ価値のある個人的所持品の携行を許可すること。これらは1人当り重量250ポンドに限られる。日本政府は引揚送還計画を遅らせることなく、この追加荷物を処理するために必要な措置をとること

上原都「だからといって日本の銀行や郵便局口座に残した現金をおろす手段が永遠になくなったわけじゃないでしょ。朝鮮戦争などで国交樹立や交通自由化、国際的な金融取引の回復などが遅れたのは結果論だしね」

白鳥鈴音「そっかー。この時点じゃそんなことは予測できないもんねー」

神楽「それにさ、限度額1,000円って海外から引揚の日本人も同じ規定だよな」

綿貫響「それはそうだけど……戦後の朝鮮じゃインフレが進行したから、1,000円程度なんて実質的には少額だったって聞くわよ」

上原都「インフレ?当時の日本もそうだったわよ。大した理由にはならないわよね」

綿貫響「むー」

上原都「朴慶植とかその流れを汲む日本人って、当時の日本の状況を故意に無視した解釈で言説を為していることが多いのよね」

白鳥鈴音「近現代史って思想立場に関わらずユニークな人が多いんだよねー」

上原都「なお、1,000円という限度額は修正されることはなかったけど、持ち帰れる荷物については何回か修正されて増量されたからね。最初の822では『e.Permit them to carry with them their clothing and personal possessions of value only to the owner. This will be limited to the amount each person can carry at one time. :e.引揚者に衣類及び所有者本人にとってのみ価値のある個人所持品の携行を許可すること。これは各自が自力で1回に運ぶことができる量に限られる』となっているけど、まず3月27日付SCAPIN822/1で250ポンドと規定されたわ」

SCAPIN822/1 Repatriation 送還

2.Paragraph 3c, Annex , subject: "Currency, Securities and other Documents and Possessions", of the reference memorandum is rescinded and the following substituted therefor.

 "3.c.Effective April 1946, permit them to carry with them their clothing and personal possessions of value only to the owner. These effects will be limited in weight to 250 pounds per person. The Imperial Japanese Government will take the necessary steps to handle this additional baggage without delaying the repatriation program".

2.参照SCAPINの附則6「通貨、有価証券及び他の証書及び所有品」のパラグラフ3cは取り消され、以下の文章に差し替えられる
 "3.c.1946年4月1日付で、送還者が衣類とその所有者にだけ価値のある個人所有物を持ち帰ることを許可する。これは1人あたり250ポンドまでとする。日本政府は送還計画を遅らせることなく、この追加荷物を取り扱うために必要な処置をとること"


綿貫響「250ポンドって約113kgね。多いのか少ないのか?」

白鳥鈴音「現在、飛行機に搭乗するとき無料で預けられる荷物の限度重量が20kgだけど、感覚としては比較対象になるかなぁ?」

上原都「この限度重量は7月13日付SCAPIN927/5で500ポンドに増量されるの」

SCAPIN927/5 Repatriation 送還

  c.Effective 1 August 1946, permit them to take from Japan clothing, personal possessions and household effects of value only to the the owner limited to the amount that can be carried by indivudual concerned. Application to the appropriate Eighth Army Military Government unit is authorized, in accordance with separate instructions to be issued for desired unaccompanied shipment, as follows:
   (1) Clothing, personal possessions and household effects of value only to the owner, in addition to that authorized above, the total shipment thereof limited in weight to 500 pound per person.
   (2)Certain light machinery and handicraft tools owned by them, free and clear of all liens and encumberances as of 2 September 1945 and limited in weight to 4000 pounds.

*「encumbrances:抵当権」の誤打と考える

  c.1946年8月1日時点で、各自が運ぶことのできる量に限って、衣類、個人財産及びその所有者にとってのみ価値のある家財道具を日本から持ち帰ることを許可する。携行しない別送品の積荷のために出される指示に関して、米第8軍への申請は以下のとおり認可される
    (1)追加で上記で許可された衣類、個人財産及びその所有者にとってのみ価値のある家財道具。積荷全体は1人あたり500ポンドに制限される
    (2)1945年9月2日時点で一切の質権・抵当権が設定されておらず、4000ポンド以内の送還者の所有する特定の軽機械と工具


綿貫響「2倍になったのね。約230kgか」

神楽「『4000ポンド以内の送還者の所有する特定の軽機械と工具』もいいんだな。これなら仕事もできるよな」

白鳥鈴音「4000ポンドって約1.8tだよねぇ。そんなの軽機械って言うのかなぁ?」

上原都「ちょっとした機械でもそれくらいの重さはするのよ。実はこの規定も9月30日付SCAPIN927/9で(c)の条項が追加されて修正されるの」

SCAPIN927/9 Repatriation 送還

      (c)Tools, light machinery and business equipment owned and held as indicated in paragraph 3 c (1) (b) above, but in excess of 4000 pounds in weight.

      (c)上記パラグラフ3c(1)(b)で示された送還者が所有し権利を保有する軽機械と事業備品で4000ポンドを超過するもの

神楽「え?4000ポンド以上のものも許可さえ受ければ持ち帰れるのか?」

白鳥鈴音「こっちもなし崩しだー♪」

上原都「そうね。そうとしか読めないわね。もっとも、船舶が不足しがちな当時にどこまで実行できたかは確認できてないわ。
 ま、日本在住朝鮮人の都合だけでなく、朝鮮半島の都合も送還に影響したのよ。1946年6月、朝鮮半島にコレラが発生して、たちまち流行の兆しを見せたわ」

SCAPIN1015 Suppression of Illegal Enrty into Japan 日本への不法入国の阻止

1.Cholera has broken out in Korea and is rapidly reaching epidemic proportions. In view of the grave danger of the introduction of this disease into Japan by carriers transported from Korea to Japan on unauthorized shipping, positive steps must be taken to detect and apprehend ships illegally entering Japanese ports.

1.コレラが朝鮮で発生し、速やかに流行するだろう。朝鮮から日本へ未許可の船舶で輸送される保菌者によって、日本にもたらされる重大な危険性から見て、不法に日本の港に入ってくる船を探知して逮捕する積極的な措置が採られなくてはならない

上原都「このSCAPINは後で密航について取上げる回でも使うんだけど、とりあえずコレラが朝鮮で発生したってこと。官報でも朝鮮のコレラについてふれたものがあったわ」


●厚生省告示第四十七号
海港検疫法施行規則第十四条第一項の規定に依り朝鮮を「コレラ」流行地と指定する
 昭和二十一年六月二十四日
      厚生大臣 河合 良成

綿貫響「コレラかぁ。今の私たちには縁が遠いけど、当時は当たり前のようにあったのね」

上原都「さらに朝鮮で洪水が発生したの。水害の後は病原菌が増加し衛生状態が悪化して疾病が流行する確率が高くなることくらいは知っているわね」

SCAPIN1039 Suppression of Illegal Enrty into Japan 日本への不法入国の阻止

2.Due to flood conditions in Korea all repatriation of Koreans is suspended this dated until further notice.

2.朝鮮の洪水事情により、朝鮮人の全ての送還は、追って通知があるまで中止される

神楽「おいおい、送還が止まってしまったのかよ」

上原都「洪水で鉄道に被害が出たというのもあるんだけど、伝染病の流行している地域に送還者を送り込むなんてできないわよね。それに、どんなルートでコレラ菌が日本に流入するかわからないしね」

白鳥鈴音「送還者と引き換えにコレラ菌を貰うなんてイヤすぎるよ」

上原都「7月11日付SCAPIN1061でコレラの流行ってない地域への送還が再開され、7月27日付SCAPIN1088で博多・仙崎に留められていた朝鮮人の送還が行なわれたけどね」

SCAPIN1061 Repatriation to Korea 朝鮮への送還

2.Effective at once, the lmperial Japanese Government will resume repatriation of Koreans whose destination is Kangwon-Do or Kyonggi-Do Province, Korea.

2.直ちに日本政府は江原道または京畿道に向かう朝鮮人の送還を再開すること

SCAPIN1088 Repatriation to Korea 朝鮮への送還

2.Koreans now backlogged at Hakata and Senzaki reception centers will be repatriated as follows:
  Senzaki  Approximately 500 repatriates to be lifted on Chohaku Maru 1 August 1946.
  Hakata   Approximatly 6000 repatriates to be lifted on repatriation shipping to be assigned at a rate of 1500 per day commencing 2 August 1946.

3.Suspension of repatriation of Koreans from Japan, except as noted above, remains in effect.

4.The Imperial Japanese Government will outload Koreans in accordance with paragraph 2 above.

2.博多・仙崎の引揚援護局に留められている朝鮮人は、以下のとおりに送還される
  仙崎 約500人の送還者は、8月1日、長白丸に乗船する
  博多 約6,000人の送還者は、8月2日から1日1,500人の割合で送還輸送を割り当てられる

3.上記以外の朝鮮人送還の中止は有効のままである

4.日本政府は上のパラグラフ2に従って朝鮮人を送出すること

上原都「ま、コレラ流行は一向に収まらなかったみたいだけどね。日本への流入を阻止するために7月21日付でこういうSCAPINも出たの」

SCAPIN1074 Prevention of Introduction of Cholera into Japan 日本へのコレラの流入の阻止

綿貫響「そっかぁ。朝鮮在住の日本人送還っていう合法的な入国でも伝播のおそれはあるもんね」

上原都「8月8日付SCAPIN1113でようやく送還中止は解除されたわ」

SCAPIN1113 Repatriation to and from Korea 朝鮮への、朝鮮からの送還

1.Reference is made to:
  a.Memorandum from the Supreme Commander for the Allied Powers, file AG 370.05(7 May 46)GC, (SCAPIN-927), dated 7 May 1946, subject: "Repatriation", as amended.
  b.Memorandum from the Supreme Commander for the Allied Powers, file AG 014.33(27 Jun 46)GC, (SCAPIN-1039), dated 27 June 1946, subject: "Repatriation to Korea."
  c.Memorandum from the Supreme Commander for the Allied Powers, file AG 014.33(27 Jul 46)GC, (SCAPIN-1088), dated 27 July 1946, subject: "Repatriation to Korea."

2.All instructions contained in the memorandums referred to above, which are in conflict with this memorandum, are superseded herewith.

1.参照は
  a.1946年5月7日付SCAPIN927「送還」(修正)
  b.1946年6月27日付SCAPIN927「朝鮮への送還」(修正)
  c.1946年7月27日付SCAPIN927「朝鮮への送還」(修正)

2.この覚書に相容れない上記に参照する覚書に含まれる全ての指示は、この覚書に取って代えられる

神楽「やれやれ、やっと全面的再開かぁ」

上原都「でもね、そううまくは行かないのよ……っと今回は計画送還の終了まで行きたかったけど、キリもよさそうだし、ここでお開きにするわ」

白鳥鈴音「珍しく、次回に引っ張る感じで終わるんだね。じゃ、いつもどおり史料列挙はこっちだね」

綿貫響「『続きはCMの後で!』っていう演出というより、中途半端に終わるのを無理やり次回への期待感を煽るような感じでごまかしてるだけかもね」


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